②渡る世間は気の持ちよう

天気予報は必ずしも正確ではない。戦争でもあった日には的中率は大きく下がるのが普通だ。

X市の天気予報は今となっては世界で1番正確である。それは最早予報ですらなかった。自明。あまりにも自明。昨日の天気は雨であり、今日の天気は雨である。明日の天気も雨だろう。

雨量は少ないとはいえ、2年間雨が降り止まないとなると今頃X市は大洪水になっているはずだし、気温も相当下がっていないとおかしいのだが、そうはなっていない。これもまた奇異なことだ。

2年間雨の日が続き、しかも特に何も異常がないということ。それこそが異常なのだが、人間は環境に適応していく生き物である。多くの人がいつしか、X市の天気はそういうものなのだと思うようになった。毎日雨が続けば憂鬱な気分にもなる。しかし、それはきっと気の持ちようの問題なのだ。嫌に思わなければいい。前向きに捉えるべきだ。そういった言説が一世を風靡するのも人の理からすれば自然なことである。

「俺だけじゃない。皆憂鬱だよな。でも何とか生きてかなきゃいけないからさ。」

と、X市の住人にありがちな思考の流れを自分に言い聞かせるように呟いたのは、綾人であった。X市生まれX市育ち、雨が降り止むようなことでもない限り、X市で死ぬだろうと思われる、生粋のX市の住人。

慰めを求めて綾人は本屋に立ち寄り、自動人形のように機械的な足取りでビジネス・実用書のフロアに向かう。ガチャガチャした装丁の、やたら字が大きくてカラフルな表紙の本を手に取り、ここ最近好調が続いているX市の自己啓発本の売り上げに僅かに貢献した。

それで、雨が降り止むわけはなく、彼の行動が変わる訳でもないのだが、気の持ちようが変わればそれでいい。綾人はどこまでも模範的なまでに典型的なX市の住人なのであった。

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