異世界に日記を:1968文字

8月11日
今日私はトラックに轢かれた。
起きるとゲームでしかあり得ないような光景が目の前に広がっていた。
現実に追いつけない。
夢かと思ったが血も出るし、痛みもある。
スライムのような化け物に追われたが、幸いにもポケットに防犯機能付きボールペンがあったため、難を逃れる事ができた。
一緒に入っていたメモ帳で日課の日記を書こうと思う。
書いている時だけは心が休まる。

8月12日
目覚めるとまだ、この世界にいた。
本格的に夢である説は消えた。
歩けど、歩けど街は見えてこない。
安易に丘から降りるべきでなかったのかもしれない。
途中で大きな犬を見た。
スライムならボールペンで対処できたが、もしあの犬に襲われていたと思うと。
進むも戻るも、動く行為が伴うものにリスクが高すぎる。
それでも森で野垂れ死ぬよりは。

8月13日
今日は人と出会えた。
人といっても、その体は鱗に覆われていたが。
彼女は「メアリ」と名乗った。
言語が聞き取れ、会話出来たのは何故かわからない。
彼女は食事と寝床を私にくれた。
久しぶりに会話出来ただけで泣きそうだったのに、暖かいスープを出された時にポロポロと涙が溢れた。
私はこの世界で生きている。
彼女は優しく背中をさすってくれた。

8月14日
メアリに私の今までを説明した。
全く違う世界で暮らしていた事。スライムを退治した事。命からがら大きな犬とすれ違った事。
彼女は笑いもせずに静かに話を聞いてくれた。
少し黙った後にメアリは教えてくれた。
私はこの世界で何百年周期で訪れる「神の賜り物」というモノらしい。
神の賜り物は世界に平和を齎したり、技術の向上に貢献したり、時には一国を立て直したりする。
私にそんな事が出来るだろうか。
今日は薪を割りながら、そんな事を考え、食事をありがたく頂き眠った。

8月15日
メアリはこの世界に魔法がある事を教えてくれた。
彼女が何か唱えると火が突然出現したり、水が塊で降ってきたりと私の経験には無い事ばかりだ。
私が子供のようにはしゃぐ姿を見て、
こんなのは基本なんだけどね。
と言い、照れ臭そうにしていた。
魔法を教えてもらった後、草原に薬草を取りに行った。
なんとなく名前を付けたり、大きさを目視で何cmか測ったり、こんな効果がありそうだなと妄想しながら採取していた。
それらは全て当たっていたらしくメアリは驚き、興奮していた。
きっとそれが貴方の使命なの。
目を輝かせる彼女に私も力になれる事があると分かって嬉しい、と告げた。
明日、メアリと紙とペンを街まで行って買いに行く。
楽しみだ。

9月23日
今日は1000種類目の植物、500種類目の昆虫や小動物、50種類目の怪物の情報を記載した記念でいつもより食卓が豊かになった。
稀少なお酒や今まで食べた事のないお肉を食べた。
メアリには毎日情報の精査をして貰っており頭が上がらない。
最初、高価な食事を遠慮する私に優しく
報われても良い事を貴方はしている。
と声をかけてくれた。
脂っこいものを食べるのはかなり久ぶりだが不思議と喉を通る。
この世界に来てからどうも涙脆くなって仕方ない。
この食事と彼女の言葉を糧に明日からも頑張ろう。

11月17日
今日は完成した図鑑を図書館に提出しに行った。
昨晩メアリが、本を一般流通させる為には一度図書館の検査が必要なのだと教えてくれた。
大きな本棚が円柱状の建物の内壁を埋め尽くす光景は圧巻だった。
カメラがあれば是非とも撮っておきたい代物だった。
本棚に圧巻されている間に鳥の羽を持ったお兄さんが、後日手紙にて連絡すると仰った。
図鑑の認可が降りるか不安で腰をいつもより曲げる私をメアリは励ましてくれる。
私は彼女抜きでは何も出来ないかったし、これからも彼女が側にいてくれると嬉しく思う。

1月28日
初めて図書館からお金を頂いた。
私は買い物に付いていっても購入するのは、殆ど彼女なのでどれ程の金額か分からない。
どうやら、この間飲んだお酒が100本買える程のお金のようだ。
嬉しくなったが、今日も私達は図鑑を作ることにした。
まだまだ私の使命は果たしきれてないと思うからだ。
もう帰る事の出来ない世界を思い出すこともあるが、こちらの世界に二度と帰れないと思うと、それも寂しい。
複雑だがこの世界への適応が完了しつつあると思う。
抜けた1本白髪が月の光を綺麗に反射していた。

8月11日
今日は藤井さんの1周忌だ。
家族を28歳の頃に無くした藤井さんは、この町内に沢山貢献してくれた。
街の防犯対策、清掃活動、行事の進行役だけではなく、家庭の相談や奥様方のお子さんの面倒を見たり。
67になっても元気にやってる藤井さんは私らのある種の希望だったと思う。
藤井さんの事故現場から死体が見つからなかったの残念だが、町内みんなでお金を出し合って、今日立派なお墓が作れた事を藤井さんも嬉しく思っているでしょう。
それでは皆さん、合掌。

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