おじさんが教えてくれること

ぼくは毎朝おじさんに「おはよう」と声をかける。みんなもそうだ。ポケモンGOに集中しているおじさんは、大抵、「おお」とか「ぉはよ」と、あんまり聞いてない感じで返事をする。歩きスマホがいけないことは、ぼくでも知っているし、学校に到着する直前で何くわぬ顔でポケットにスマホを隠すおじさんのずる賢さも知っている。大人でも、ルールをこっそり破ることをぼくはおじさんから学んだ。

おじさんが学校に来ることを知ったとき、お父さんは笑っていたけど、お母さんは怒っていた。お母さんがお父さんに「得体の知れない中年と一緒のクラスだなんて、変な人で何かの犯罪に巻き込まれたりしたらどうするの?」と怒っているのを聞いたことがある。別にお父さんがおじさんを連れてきたわけじゃないのに、どうしてお父さんが怒られているのかは分からなかったけど、お父さんは笑いながら、「まぁ、でもいろんな大人を見ることが大切だよ」と言ってお母さんをなだめていた。うちはお母さんが渋々受け入れていたけど、お母さんが言うには、多くの保護者から学校にクレームがいったそうだ。お母さんもちゃんと納得はしていないみたいで、それからほとんど毎日、今日の学校はどうだったのか、細かく聞いてくるようになった。お父さんもお母さんも、お仕事が忙しくて、今まであんまり学校のこと話さなかったけど、いや、正確に言うと、参観日とかテストでいい点取ったとか、大事なことは話してたけど、今日誰と何の遊びをしたとか、それくらいのことは一つ一つ話しちゃいけない気がして、お父さんとお母さんに気を遣っていた。でも、おじさんが来てから、夜お母さんに今日あったことを話すのが日課になった。

おじさんが来ることは突然発表された。毎日のように雨が降って、ジメジメしているときだった。
「来週からちょっと、年の離れたお友達が来るからみんな一緒に勉強しようね。」
転校生が来るという連絡には、クラスは盛り上がるけど、年の離れた、というのが意味が分からず、みんな戸惑っていた。戸惑ってみんなよく理解できていないまま、翌週からおじさんは、当たり前のようにぼくらのクラスに通うようになった。
うっすらひげが生えていて、髪の毛も少し薄くなっている、お父さんお母さんよりも年上かな?、猫背で、ちょっと太っている。額の汗を拭いながら、みんなよろしく、と挨拶するおじさんに、みんな目が点になった。

突然始まったおじさんと一緒の学校生活だったけど、みんなすぐにおじさんに話しかけるようになった。「なんでおじさんなのに学校に来てるの?」「おじさんは何歳なの?」「おじさんは卒業までいるの?」「おじさんは2年生の授業分からないの?」あんまりみんなに毎日質問責めにされるので、おじさんは教室の後ろの黒板一面に、「私の名前は小出水正太郎。46歳です。おじさんだけど、学校に来ています。みんなと一緒に授業を受けることでおじさんは生活をしています。大人の事情です。おじさんがいるのは夏休みが始まるまでです。小学2年生のお勉強くらいはわかるよ。みんな、よろしくね。」と書いて、すぐに先生に注意されて、しょぼんとなってた。それを見て、ぼくもみんなもケラケラしていた。

おじさんは、いつもだらしなくて、みんなの笑いもの。授業中にお腹が痛くなったおじさんは、授業中にトイレに行って、うんこをした。学校でうんこをするのはとても勇気がいることだし、学校でうんこをするといじめられると思っていたので、ぼくはとっても驚いた。トイレから戻ってきても、何も気にしない様子で、座ってた。クラスメイトがヒソヒソ話で笑ってたけど、気にすることなく、おじさんは追加でおならまでしていた。これにはクラス中は爆笑して、おじさんも笑ってた。うんこしたことを馬鹿にしても、ヘラヘラしてるばかりのおじさんは、誰にもいじめられることはなく、それどころか、ぼくは気付いた。おじさんが来てから、熊木くんも中村くんもいじめられなくなったことに。みんな、おじさんに夢中だ。やっちゃいけないことをするおじさんに。馬鹿にされてもヘラヘラしているおじさんに。

だんだん、夏になってきて、教室の中はとっても暑かった。おじさんは冷えピタを貼って授業を受けて、先生に注意されて、その後、先生に分からないように、首の後ろ側に冷えピタを貼り直していた。ずるいなーと思ったけど、やっぱり、先生に見つかって、怒られていた。大人なのに、どうしてこんなことするんだろう、と不思議だったけど、こんな大人もいるんだと、面白かった。翌日もおじさんは、あまりの暑さに20分休憩で学校を抜け出し、コンビニでビールを買っていたことが発覚し、職員室に連れて行かれた。連れて行かれるおじさんの背中は丸くて、なぜかかわいそうな気がした。

休み時間は遊ぶのが、当たり前だったけど、おじさんは休み時間には決まって、屋上に続く階段の座っている。屋上への扉は鍵がかかってて行けないから、誰も屋上に続く階段のところへは行かない。誰も来ない階段にできるだけ全身をひっつけていると涼しいらしい。ぼくらはもうおじさんが好きなので、おじさんと遊びたかった。涼むおじさんを無理やりドロケイに誘ったけど、おじさんはちょっと走っただけで、ゼイゼイ言いながら「降参!降参!」と言う。降参って言ったら終わるゲームじゃないから、ぼくらは気にせず、おじさんを牢屋まで連れていって、ドロケイを続けた。おじさんは途中から日陰に入って動かなくなり、休憩のあとは保健室へ行き、その日はもう戻ってこなかった。

ドジばっかりだし、すぐバテるし、すぐズルするし、カッコよくもないし、いつも先生に注意されてるけど、いつしかおじさんはぼくにとってのヒーローになっていた。おじさんは、学校でもうんこをする。かけっこに負けても、馬鹿にされてもいつも平気な顔をして、笑っている。そんなおじさんを見ていて、ぼくはなんとなく、あんなに好きにしていいんだと思い始めた。いじめられないように、ルールを守り、友達関係を維持して、やっちゃいけないことと、言っちゃいけないことを考えていたけど、おじさんはそんなのお構いなし。でも、おじさんはみんなの人気者だ。お父さんは「愛すべきポンコツってのは必要なんだよ」とお酒を飲みながら言っていた。お父さんの言うことはあんまりよく分からなかったけど、おじさんみたいな生き方もあるんだなと思って、すごく心がポカポカした。

夏休みに入る前の最終日なのに間違えて別の子の席に座っているおじさんにぼくは「おじさんみたいなポンコツになりたい」と言った。しばらく半笑いのまま、こちらを見ていたおじさんは、窓の外に目線を動かしてから、「目指してなるもんじゃねーよ。心のままに生きていきな。」と言った。おじさんの言っていることはあんまりよく分からなかったけど、おじさんがめちゃくちゃ嬉しそうなのは丸わかりだったので、ぼくも嬉しくなった。


#こんな学校あったらいいな

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