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行方知れずの側頭連合野

カッターナイフ

作品の評価。
私の生き様のひとつだった。
己の血痕と爪痕は歴戦のしるしだった。


「君の作品には理由がない」と言われた。

私は作品に理由が必ずあるものだとは思っていなかった。

周りを見渡した。

皆理由を名付けていた。

理由の意味を問うているのは私だけだった。

私は、私の五感が見つけたものを絵にかいていた。
それに理由は一つだってなかった。
ただ”ある”から描いただけだったのだ。

私の作品をせんせいは評価しなかった。

形状の歪みと、濃淡の有無のみを述べた。


私はしばし絶望したのちに、わかりやすい絵をかいた。

笑顔と共に多くの称賛と賛美が送られた。

ここに私はいらないと思った。


錆びたカッターナイフが、物言いたそうな面持ちで私を見あげていた。

おまえを使うことはもうないかもしれないと、彼女に呟いた。

新品のカッターナイフは、良い切れ味だった。


椅子の顔


椅子、薔薇、足袋ブーツ、トング、電球、縞模様の布切れ、白手袋。

その日、私は彼らをデッサンした。

私以外の5名ほどの女学生は、ひとしきり押し問答をしたのちに、椅子の前側周りに腰を据えた。


その時、椅子に顔はあるのだろうかと考えた。

教育番組なんかでは、座面や背板なんかに目玉をひっつけていたが、それでは誰がテーブルから自分を引いたかわからないじゃあないか。

前脚と後脚が繋がれている椅子なんかは、歩きにくくて仕方がないんじゃあないか。

背柱のない椅子など、天井ばかりを見あげて、きっと大層退屈なんじゃあないか。


私は結局、椅子の背面側に腰を落ち着けた。

私の座っている丸椅子の顔を、モチーフの椅子の背面にぐいと寄せた。

丸椅子は、これじゃあ他の女学生らと目が合ってしまうじゃないかと、恥ずかしそうにカクンと揺れた。

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