朽ちていく記憶

またひとつ、思い出せないことが増えた。

生まれてから今この瞬間まで、思い出せることはほとんどない。

多分、なにか楽しいことがあったし、辛いことがあったんだろう。

今の私には何一つ残っていない。そこにあったはずの跡すらも。

今日もまた、くずおれるであろう記憶を更新する。

なんだか辛いことがあった気がする。

とても耐え難く、頭から取りこぼしてしまうほど辛かったような気がする。

だが、なにも記憶にない。

去年撮った写真を見て、ああ、確か桜を撮りに行ったのだったか、とぼんやり思い出そうとする。

よく思い出せない。
だが、確かに一人ぼっちだった。

それだけはわかる。

私の僅かな記憶は、いつも一人ぼっちの光景ばかりだ。

いつだって、楽しそうな人々を、悲しそうな人々を、遠くから観測していた。

己の感情の機微なんかを、議事録みたいに淡々と書き加えたりしていた。

傷付かないために。

傷付けないために。

私の心は、未だ固く閉ざされたままだ。

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