[エッセイ]海は本当にしょっぱかった
STORY CAFE番外編(コーヒーにまつわらない話)
ビーチサンダルに細かい砂が入り混んで、ざらざらするのを感じながら、クロは折りたたみ椅子に腰をかけた。重みでズブズブと視界が二センチほど下がった。
STORY CAFEのお盆休み、店員のクロは海へ来ていた。クーラーボックスいっぱいに沢山のラムネを詰めて。
妹のチョコはいない。日焼けるのが嫌だとついて来なかった。
青と白地のパラソルに吊り下げた看板が、風に揺れて、クルクル回っている。看板には「エッセイ1つにラムネ1本おまけします」と書いてある。
エッセイのタイトルは、
『海は本当にしょっぱかった』
だ。
A5用紙にプリントアウトしてあり、犬型のクリップで留められている。
中身はこうだ。
********
遠い記憶。
その日、海へ行くにはふさわしくない、曇った日だった。
父が連れて行ってくれた海。
私にとってはじめての海。
やせっぽちの体に紺色のスクール水着を着て。
どろどろの砂浜に足を踏み入れると、足跡が残った。
寄せてくる波は白く泡立って、引いていった。
灰色がかった汚い色の海だった。絵本やテレビで見る青い海とは全く別物だった。
それでも、海を目の前にしたら、色なんてどうでもよかった。広くて大きくて、水平線しか見えない。波の音がずっと聞こえてくる。それは、ザッブーンではなくドッドーンに聞こえた。子どもの耳に波の音は少し怖くも感じられた。
つま先、足首、ふくらはぎ、膝。
水面が腰辺りに来た時、頭まで浸かってみようと思った。
いちにのさん、で海にしゃがみこんだ。頭まで浸かってしまえば、もう海の一部のようなものだった。
波に立ち向かっていくと、何回かに1回大波がやってきて、私の頭に容赦なくパンチを食らわせてきた。
波は力強かった。そして絶えることがなかった。
海というものに慣れたころ、バタ足で泳いでみた。もう苦しくて息が続かない、と思った時、海の水を飲んでしまった。
それは衝撃的な味だった。
冷たいはずなのに熱湯みたいだった。初めての味に脳がパニックを起こしたようで、吐き出す余裕はなく、海水は喉を攻撃しながら胃の中へ落ちていった。
海は塩の味がすると知っていたけれど、本当に本当に塩味だった。
海ってしょっぱいんだよ。
小さな体で体感した大切な大切な経験。
こんなに塩分濃度の高いものを口にしたのは、これが最初で最後だと思う。
海は好き。
でも、眺めるだけでいい。しょっぱいし、砂がまとわりつくし、髪はべたべたになるし。
海とは縁のない人種に、海に潜る経験を与えてくれた父に感謝したいと思う。
私の子どもたちはこの先、全身海に潜る経験をするだろうか。
真夏の家の中。
ゴロゴロするのが大好きな子どもたちをみて、この夏、海水浴へ連れて行こうか考えている自分がいる。
おわり。
*****
水滴をまとったラムネがキラキラ反射して眩しい。海とラムネを交互に見ながら、クロは考えていた。
お盆休みに一人で海へやってくるなんて。
心の端っこがむず痒い。
ビキニを着た若い女の子二人組がエッセイを買ってくれた。
去り際に「犬のクリップ、かわいいー」と声が聞こえた。
エッセイを売り切ったら、ひと泳ぎしてみよう。
犬かきしかできないけど、それでもいい。
海の味を確かめなくては。どんな味か、帰ったら妹のチョコに教えてやろう。
#わたしと海
に応募のため、臨時でエッセイを書きました。
お付き合い頂きありがとうございます。
冒頭と最後に登場したトイプードルのクロがSTORY CAFEの店員として働くお話はこちらです。
いつも好きをくださり、ありがとうございます。
良い夏をお過ごし下さい!
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