見出し画像

ー或る深き青の物語<4>(加筆と修正しました)ー


このお話は、前作<1>~<3>の続きです。

**********************************


翌日…。早朝、目が覚めたヨシュアはベッドから起き上がり、朝の空気の肌寒さに、少し身震いした。上着を羽織り、二階にある自室を出る。階段を降りると、厨房からする朝食の準備の物音を聞きながら、屋敷の外へ出て、薄曇りの空を見上げて深呼吸した。

ヨシュアが住んでいるお屋敷は、敷地面積や建物はそう広くない。部屋数も多くない。しかし、敷地内には庭や畑、倉庫、厩舎…、全てが必要最低限の設備で成り立っている。外観は凝った作りで美しく、湖の畔にひっそりと建っていた。

屋敷から門までは少し距離はあるが、ヨシュアは門の右側にある小じんまりとした厩舎に行き、10頭ほどいる中で、生まれた時から育てている愛馬”ブラン”の様子を見に行った。それは、ヨシュアの毎朝の日課である。ブランという名前の意味は「白色」であるが、ブランの毛色は、体全体が真っ白よりは少し茶色がかったベージュのような色合いで、たてがみは真っ白。健康的なオス馬で、ヨシュアが愛情を込めて育てたおかげか、性格は穏やかで聞き分けが良い。ヨシュアが来ると、いつも嬉しそうに頭を向けていなないたり、ふさふさとした尻尾を振ったりした。今日も、ブランが元気そうにしているのを見て、ヨシュアは満足そうに破顔した。首を撫で、「おはよう、ブラン」と声をかけた。ブランは返事をするようにいなないて、頭をぶるぶると震わせた。「今日も往復長丁場になるけど、よろしくな…」すまなそうに目を閉じて、おでこを近づけてブランに嘆願するのだった。

その後、他の馬たちの分も水と草や麦など穀類の飼料をやり、厩舎を出た。屋敷に戻ると、出来上がった朝食が、いそいそと食卓に運ばれてくる途中だった。その様が急いでいるように見えたので心配になり、給仕係の中年女性に声をかけた。

「おはよう、サリー。急がないから、ゆっくり準備してくれて構わないよ。」

給仕係のサリーは急いでいるときに突然声をかけられびっくりして、一瞬足を止めた。

「あっ、おはようございますヨシュア様。お気遣いありがたいことですが、もうこれで全部ですよ。どうぞ、冷めてしまいますからお早く席に着いてくださいませ。」

「そう。分かったよ、すぐ支度してくるよ。」

サリーはにこやかに言葉を返して、ヨシュアが答えるとすぐに食事室へ料理を運んだ。ヨシュアも快く返事をして、着替えに自室へ戻った。


食事が終わり、程なくしてヨシュアは学園へ向かう用意をし、ブランを迎えに行った。長距離なので途中でブランに与える水分や大麦などを鞄に詰め、背に乗り、門番の元へ向かう。

「おはよう、二人とも。」

「おはようございます、ヨシュア様。今、開けますので少々お待ちを。行ってらっしゃいませ。」

「本日もどうぞ、道中お気を付けて。」

ヨシュアは、石造りの門をくぐると、振り返り「ありがとう。母上達のことを、よろしく頼む。」と告げると、ブランの手綱を引っ張り、勢いよく出立した。

学園へ向かう道のりの始めには、葡萄農園を右手に見ながら通る。左手には、農園で働く人々の住宅地があった。葡萄農園地帯を抜けると、開けた広大な牧草地。羊や牛を飼育している牧場である。開けた場所を通る時の感覚は爽快で、この瞬間が好きだと思った。

また、なだらかな丘陵地や、低い標高の山を通らねばならない。山の森林の中を通るときに、頂上付近で下の景色を一面に見渡せる崖があるが、ヨシュアはそこを気に入り、その付近をブランを休ませる場所にしようと決めていた。一旦ブランの背から降りて水や飼料をあげた後、しばらく休んでから、また走り出した。それからの道のりも長いので、もう一度くらい休憩地点を考えておいても良いかも知れないと、適した場所がないか観察しながら走った。

そうしながら、同じクラスの級友達のことを思い出したり学園の風景、授業の内容を思い出したりしていた。昨日話しかけてきたシルヴィーが、この州の領主バルマン公爵の娘だということを、代々王国に仕える侯爵エルウッド家の親戚で三男坊で騎士を志しているライナス・エルウッドから知らされ、ヨシュアは内心驚いていた。物語を描くことが趣味だということで質問されたことにも驚いたけれど、まさかバルマン公の末娘だったとは思いもよらなかった。聞かれたくないことを質問されそうだったので、思わず冷たくあしらってしまったが、もっと気の利いた対応ができたのでは…と少し後悔の念が湧いた。それでも、プライバシーに立ち入られたくない気持ちは変わらないので、とくに親密になるようなことはないようにするつもりである。

ただ、ヨシュアはシルヴィーが初対面でも恐れずにまっすぐ目を見詰めてくるので、気恥しく目を逸らしたけれど、一瞬見たシルヴィーの濃緑色の瞳の色を思い出していた。初めて見た、美しい色合いの澄んだ瞳だったような…と。


学園に無事に着くと厩舎にブランを預け、教室へ移動した。自分の席に着いて、筆記具やノートなど鞄から取り出しまとめていると、先日も会話したライナスが、ヨシュアに陽気に声をかけてきた。

「おはよう、ヨシュア。昨日は転入初日で、疲れたんじゃないか?よく眠れたかい。」

「おはようライナス。眠れたよ、心配いらない。」

長い道中の疲れがあったが、ライナスの明るい挨拶の空気感に、疲労感が少しやわらいだ。

「通うのに毎日3時間って大変だろうけど鍛えられそうだな。俺も1時間かけて通ってるけど、上には上がいたもんだ。」

冗談めかしてそう言って、ライナスはいたずらっぽく笑った。

「けど…あんまり無理すんなよ。」騎士を目指し修練を積むライナスは、ヨシュアの精神力や体力が毎日続くのか気がかりになっていたのだった。

「あぁ…」と自嘲気味に笑顔を浮かべるのを見て、いたずらっぽい笑みを浮かべた。そして、交代で行う当番の用事があるため、教員室へと出て行った。

ヨシュアは、ライナスとの和やかな雰囲気にどこか気が合いそうだ、と心に清涼な風が吹くように良い予感がしたのだった。

(続く)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?