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ー或る深き青の物語<2>ー(オリジナル小説)


このお話は続き物で、<1>からの続きです。

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授業が終わり、休み時間になると…学級内では、教室の後方に席が与えられたヨシュアを囲んでの人だかりのせいで、一騒動になった。

女性陣はもちろん男性陣も、新しい級友に好奇心を抱いて温かく迎え入れるよう、あれこれと話しかけた。シルヴィーとアンナも近寄って、他の級友たちの質問に答えるヨシュアの姿を見ていた。

まずは学級委員長のマルスが、取り巻きに緊張した面持ちのヨシュアに明るく声を掛けた。

「ヨシュア君、初めまして。僕は学級委員長のマルス・トゥールズ。これから学園生活を共に過ごす仲間として、ぜひ仲よくやろうよ。」

ヨシュアは席から立ち上がり、「よろしく」、と言いながらマルスの差し出した手を掴み、力強く握手をした。マルスはにっこり満面の笑みで、

「分からないことが有ったら、何でも聞いてくれ。」と親指で自分を指さした。

「ありがとう。よろしく頼む。」それを見て、ヨシュアは少し気が解れたのか、静かに微笑した。

マルスはまず、プロフィールを聞き出そうと身を乗り出した。

「君は、どこから通ってるんだい?僕は、このすぐ近くに住んでる。ここから3区画先の、S通りの北側。家は、代々教師の家柄で、この学長の孫なんだ」言って、マルスはウィンクした。

「へぇ、学長に由縁があるんだね。僕は…詳しくは言えないけど、T地区のF湖近くに、最近越してきたんだ。」

マルスは驚き、絶句した。ヨシュアの品のあるいで立ちや仕草から、名のある家柄出身ではないかと感じていたので、もっと栄えた地域に邸宅を構えているに違いない、と踏んでいたのだった。

「それは…!ほとんどこの州の境じゃないか。ずいぶん遠方から通うことになるんだね。この学級内ではだれよりも通うには最長の距離があるかも知れない。あの辺りは出向いたことがないし、あまり知識はないけど…確か、葡萄農園が沢山あるよね。ワインが有名だって聞いてるよ。ええと…」

マルスは努力したが、あまりにも遠方の地域の名前を出されてしどろもどろになりながら、必死に会話を続けようとした。おまけに、あの辺りは大変のどかで、草原や森林、大きな湖(海かと見紛うほどの…)などしかなく、取り立てて語るところもない地域であった。葡萄やワインの産地で有名、というのが、共通の話題として挙がる程度である。

マルスの隣で、話を続けづらそうにしているのを見かねて、副学級員長のグレース・シェリエルが少し呆れた顔で、マルスの腕を肘で小突いた。

「私は、副学級委員長のグレース・シェリエルよ。それじゃヨシュア君は、これから馬車で通うの?」

「いや…、自分の馬で通うつもり。景色を見ながら風を切って走るのが好きだから。とくに苦はない。」

「まぁ、すごいわ。きっと大変でしょうけど、好きだからこそ、なのね。」

それを聞いて、周囲は、へぇーと感心したり、何だかそれって素敵ね…と、ざわついた。てっきり伯爵家や侯爵家といった名家のご子息が、手厚い待遇を受けているような…裕福さがあるのかと思いきや、そうではなさそうだ。苗字も聞いたことのないものであるし、グレースは、自分たちよりも出の良さそうな部分に少し身構えていたところがあったが、そんなに接し方に遠慮はなさそう、という予想を立てた。

「ご両親は、どのようなご職業なの?」

「…お察しの通り、地域の葡萄農園やワイン酒蔵をいくつか所有してる。」

ヨシュアはグレースと目を合わさず、愚問だと言うように無表情でそう答えた。

瞬間、気の進まない質問をしてしまったみたい…とグレースは少し焦り、周囲にも冷んやりした空気が流れた。別の質問を、とグレースは考えをめぐらした。

「兄弟姉妹はいらっしゃるの?他の学年にも、ご家族いたりは…」

「いや、それはないよ。…兄や姉はいるが、学園に通う年齢ではないから。」

「そうなのね。私は、一つ下の妹がいて、ここに通ってるものだから。深い意味はないのよ、少し気になって」

「そう…楽しそうで、いいね。」

グレースはそう言って、会話が何とか続くことに安堵し、微笑んだ。対してヨシュアは、つられて少し微笑んでから、物憂げな表情で、目線を机の上で指を組んだ手元辺りに落とした。心細い心境にさせてしまったのかも知れない。グレースは何か優しい言葉をかけてあげたくなった。

「私にも、何でも聞いてね。学園内に分からない場所があれば、案内するわ。」

「…あぁ、ありがとう。」

ヨシュアは静かに頷いた。


ヨシュアは、表情はあまり変えず、話しかけられることに淡々と答えながら、時折静かに微笑んでいた。挨拶時のイメージから予想がつくような、クールさが滲み出ている。陽気に同級生たちと騒いだり大きな声を出して遊んだりするようなタイプでは無さそうである。

シルヴィーは、彼の物静かで少し陰のある話の受け答えに、胸を高鳴らせていた。

(思ってたよりも、繊細な雰囲気だわ。醸し出す雰囲気が名家のご子息かと思ってたんだけど…そうではないみたいね。どんな毎日を送ってるのかな…、色んなイメージが湧いてくる。私ももっと、質問して彼のこと知りたいわ。)

アンナは、ヨシュアの塞ぎ込みがちな受け答えにどぎまぎしていた。グレースも彼の時折見せる沈んだ表情や態度にたじたじとして何だか会話しづらそうだし、彼はうまくやっていけるのか…と不安な心境になり、お節介な心配心を抱きつつあった。

(続く)

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