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踏み出したら、信じて進み続けろよ。

森逸崎 海(もりいざき うみ)

私は今日も、そう言ってくれた人に見てもらうつもりで仕事する。

南の島から「シュッ」

2年前の冬だ。
ダイヤモンド・プリンセス号の報道がされた日、私は社長と企画チームのメンバーと一緒に沖縄にいた。
人事担当者向けの採用管理システムを引っ提げて出展イベントに参加していることも、別部署に異動したはずの私がここにいることも、社長のひと声で「シュッ」と決まるのはベンチャーあるあるだ。


来場者対応が落ち着いてきた昼ごろのことだった。
「やたら社内チャットの通知が鳴るな」と思った矢先、当時マーケティング部の部長だったMさんから電話があった。

「おい森逸崎、隣に社長いる?」
「いません今、他のブース見て回ってるか、お昼食べてるかと」
「頼む、この電話繋いだまま社長捕まえて。すぐ会話させて」

分かりました、と言った時にはすでに私は走っていた。

「ちなみに何の件ですか?」
「チャット見てないのかよ。まあいいや、えーと、簡単に言うとうちのシステムを新規クライアントに無償提供したくて、明日までにリリース打ちたいからその相談」
「明日!?」

私は横浜港で検査した乗客が陽性だったという今朝のニュースを思い出した。日本でもいよいよ感染が広がるかもしれない。Mさんの言う状況はすぐ分かった。
でも、これまで頼まれても値下げしてこなかったのに、ここで無償にする?本当に?どのプランを?どの条件で?

「社長、今電話いけますか?Mさんから急ぎの相談です」
「んお?ああ」
休憩スペースで見つけた社長に声を掛け、スマホを渡す。


社長は二言ほど会話したのち、すぐ電話を切ってスマホを私に返してから、何事もなかったかのように昼ご飯のロコモコ丼を食べ始めた。

無償提供のGOサインを出したらしい。

そうだった。うちは社長のひと声であらゆることが「シュッ」と決まる、生粋のベンチャー企業だ。



1営業日リリース

そこからは本当に速かった。
私が那覇から羽田まで移動している間に、Mさんは無償提供するシステムとプランの詳細を決め、受付フォームとそのフローを整え、サポートデスクチームに対応内容を共有し、インサイドセールスチームにその後のアップセルについて指示を出していた。

私にもフィールドセールスチームが使う提案資料とトーク作成、メンバーへの展開が依頼された。わざわざ私に電話を取り次がせたのも、単に社長と連絡が取れなかった訳ではないのだろう。


翌日オフィスに出勤すると、挨拶もそこそこにMさんは私に聞いてきた。

「おい森逸崎、なんかいい文言ない?」
「へ?」
「無償提供のリリース文。ユーザーのためだってことを強調したいんだけど」
「なんでしょう…」
お前遅い。もういいや。
お、斎藤、なんかいい文言ない?」

どうやら目についたメンバーそれぞれに聞いて回っているらしかった。あれが本気だろうとパフォーマンスだろうと、即答できなかった自分に腹が立った。


その日の正午、出されたリリース文はこう締めくくられていた。

一社でも多くの企業の選考活動の継続と、求職者と従業員の皆さまの健康確保を引き続き支援します。

※一部改変

結局この発表は図らずも、コロナ禍における国内最初の無償提供リリースとして注目を集め、そしてテレビや新聞やネットニュース、あらゆるメディアに取り上げられるという思いもしない効果をもたらしたのだった。



本当の一歩とは

この出来事から学ぶことは数多くあった。
その推進スピードも人の巻き込み方も、先駆者メリットという言葉の意味も。

でも一番は、Mさんの一歩の踏み出し方だった。
なぜ彼はこんなにも、未曾有の事態に対しても臆せず踏み出すことができたのか。


私の短い人生の中でも、勇気を持って一歩踏み出してきたシーンなんて腐る程あった。部活、進路、就職後のキャリアはもちろん、目の前にあるチャンスに対しての、これまでのあらゆる選択がそうだった。その都度学びもあったし気づきもあった。

でも、この時のMさんを見て思ったのだ。

私がこれまで自分で一歩踏み出してきたと思ってきたものは、ゲームの分岐みたいに、ただ用意された選択肢を選んでいただけなんじゃないだろうか。
本当の意味で一歩踏み出すというのは、そう、それによって見える景色を変えたり、何かを良くするには、今の「一歩踏み出すだけ」の私では決定的に足りていない何かがあるんじゃないだろうか。

そのときの私には、Mさんの踏み出し方が特別なものに見えてしまった。



「なんでそれができるんです?」
ある日唐突にその疑問をMさんにぶつけてみた。


すると、彼はいつも通り、めんどくさそうにしっかりと自身の考えを私に教えてくれた。

「なんでも何もお前、やりたいと思って踏み出したら、信じて進み続けろよ


「信じて、進み続ける」
私はひとりごとのように繰り返していた。

「だってさ森逸崎、最初の一歩なんて、踏み出すのは簡単じゃんか。ただすぐ動けばいいんだし、それはお前も得意だろ。大事なのはその後だと思うよ」

「その後ですか?」
「そう。その一歩を自分で『これだ』って信じて進み続けられるかどうかが、結局何をするにしても、一番大事なんだと思う」

世の中の状況が変わったとしても、自分が思う一歩を、自分で決めて踏み出して、それを信じて進み続けること。


そうかもしれない。
私は何をするにも、その一歩も、一歩踏み出した時の自分自身も、信じきることができていなかったのかもしれない。
だから他人任せになる。
だからすぐ途中でやめてしまう。
だからただそこにある選択肢をなぞるだけのような感覚になってしまう。

言葉がストン、と腹に入ってきた気がした。


「痛いところついてきますね、Mさん」
「悔しかったら余計なこと考えてないで、さっさと俺の数倍働いてみろよ」

なるほど直属の上司ではないにも関わらず、彼ほど私のツボを押さえてやる気にさせてくれる人は他にいない。


その会社を退職してしばらく休んでから、私は新しい道へ踏み出した。
かつてのMさんみたいな緊迫した状況ではないにせよ、誰に言われるでもない、自分が「これだ」と決めた確実な一歩だ。

自分の心地いいと思うことを知る。
思い込みを外して、自分が心からやりたいことを自分で決める。
まずは一歩を踏み出す。
踏み出したらまた、信じて進み続ける。

そうやって出された一歩が、周りの人をも変える力があることを、今の私は知っている。



ここからまたどう変われるか、どんな景色が見えるのかは分からないけれど、いつか私が新しく見た世界のことを、Mさんには笑顔で報告したいと思う。

きっとこれもまた、一歩踏み出した先の話。





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森逸崎 海(もりいざき うみ)
Psychic VR Lab人事担当 | カウンセリング,コーチング勉強中 | 某通信制大学 心理学部生 | エッセイ『ツレは27歳年上で』他 ゆるく更新 | 人の爆発個性を可視化したい 2022 #我慢に代わるわたしの選択肢 企業賞 #はたらいて笑顔になれた瞬間 パーソル賞