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ねえきいて?宇宙を救うのは、きっと…「でんぱ組.inc」!

2019年9月18日。Zepp Diversity Tokyoでの、特別な夜のこと。

「私、古川未鈴は――」

会場がしん、と緊張に張り詰める。

「――結婚します」

どっと会場を揺らす驚きと祝福の声。フロアは古川の担当色である赤のサイリウムの海になり、それを見た古川は思わず感激でしゃがみ込んだ。

でんぱ組.inc。それは、彼女が舵を切る宇宙船の名称だ。アイドルでありながら、かつて幼き日に我々が憧れた魔法戦士並みの強さと愛を持つ。鮮やかなサイリウムは彼女たちの源だ。戦士に欠かせない武器は、唯一無二の歌と6人で織り成す複雑なダンス。目指すは、宇宙。

はじまりは、お寿司vsでんぱ組.inc

赤、白、ミントグリーン、イエロー、ピンク。鮮やかな5色の戦士は2010年、1stアルバム『ねぇきいて?宇宙を救うのは、きっとお寿司…ではなく、でんぱ組.inc!』をリリースし、秋葉原から広い宇宙に飛び出した。

「宇宙を救う」?「お寿司」?「…ではなく」...「でんぱ組.inc」?
宇宙というワードの視野の広さ、その救済を目指す彼女たちは「お寿司」の否定により日本を背負っているとすら言えそうだ。お寿司を退けるかたちで日本の文化を背負う―大袈裟だろうか―タイトルは、1stアルバムにして、日本代表の食事とも言えるお寿司に真っ向勝負を半ば勝手に、挑んでいた。
威勢良くスタートを切った戦士の正体は、二次元に憧れる、秋葉原を住処にした少女たちだ。きっかけは、一人の揺るぎない気持ちだった。

強い希望を訴えたのは、赤色センター、古川未鈴。と言っても、彼女が切に訴えたのは「宇宙を救うこと」ではない。当時の彼女は、アイドルになりたくて仕方がなかった。アイドルになることが、何よりも重要だった。かつていじめられたこともあったという彼女が憧れとし、なんとしてもと目指したアイドルに自分もなるということは、夢を叶えるという意味を持つと同時に、復讐でもあった。

でんぱ組.inc、まずは世界へ

赤、白、ミントグリーン、イエロー、ブルー、紫。6人体制に進化を遂げたでんぱ組.incという宇宙船は、まずは世界への進出を目指した。合言葉は「W.W.D」。“World Wide でんぱ組”、だ。

【生きる場所なんてどこにもなかった】。宇宙の救済を1stアルバムのテーマに掲げ、世界への進出を狙った戦士たち。その象徴になる「W.W.D」という曲名とは裏腹に、内容は目を見張るものだった。

曲前半では、各々が戦士として変身を遂げる以前の過去が語られる。「いじめられ」「夢破れ」「引きこもってた」。

しかし宇宙に羽ばたく戦士たちである。復讐のエネルギーも持ち合わせた戦士は、強い。

しんみりした様子で過去を暴露したのち、「W.W.D」は一気に勢いを盛り返す。

夢を見たっていいじゃん
見返してやるし
我らの名前は
でんぱ組.inc!!!!!!!!!!!
どこまでも行ける 捨てるものなんかない
マイナスからのスタート 舐めんな!

いじめ、引きこもり、友達はいない――。そんな過去を蹴散らし、燃料に変え、駆け抜ける。生きる場所なら、宇宙船・でんぱ組.incにあった。

今は 夢の 為に 強く 放て!
でんぱパトス!!!!
自分 じゃない 誰か の為 歌え!
でんぱビッグバン!!!!

過去の暴露という文脈で語られることの多い「W.W.D」。しかしながら曲名でもあり合言葉でもある「W.W.D」は世界進出への道しるべである。過去を楽曲にするということは露呈の意味だけを持つとは限らない。世界を、そして宇宙までもフルスロットルで駆け抜けるための準備段階だ。

そんな準備を経て、戦士たちはタイ、韓国、フランスなどの海外に飛び立つ。2015年には「WWD 大冒険 TOUR 2015〜この世界はまだ知らないことばかり〜」と題したツアーで縦横無尽に駆け回った。
戦士・でんぱ組.inc。武器は、唯一無二の歌と複雑なダンス。マイナスからのスタート、舐めんな。

ねえもう一回きいて?

赤、白、ミントグリーン、イエロー、ブルー。5色で構成された宇宙船は、世界進出を経て、宇宙へ飛び立つ。

国内での人気をすっかり確立させ、愛やエネルギーなどの燃料を確保しきった2017年。
その年末、「ねぇもう一回きいて?宇宙を救うのはやっぱり、でんぱ組.inc!」が大阪城ホールにて開催された。

ライブ名が、1stアルバム『ねぇきいて?宇宙を救うのは、きっとお寿司…ではなく、でんぱ組.inc!』を意識しているのは明らかだった。

威勢良く宇宙へのスタートを切った戦士集団・でんぱ組.incは、色を変えて世界を駆けてきた。改めて宇宙の救済を掲げることの意味は明白だ。宇宙船に乗り込んだ5色の戦士は、世界をも飛び出す。

――違った。

彼女たちは、宇宙を救うためにまだ人員を必要としていた。卵色と緑を迎えた7色で、でんぱ組.incは宇宙行きを決定した。

そして、宇宙へ

赤、白、ミントグリーン、イエロー、ブルー、卵色、緑。これで人員は揃った。

翌年、でんぱ組.incは、4月からのコスモツアーから10月のコスモツアー沖縄特別編まで、一貫してコスモを巡った。

「W.W.D」を経て、自らの弱かった部分を燃料にして行う惑星探査。お寿司にかわって宇宙を救う。1stアルバムではじめて宇宙を掲げた時とは、メンバーは何度も変化していた。それでも彼女たちはまぎれもなくでんぱ組.incであった。でんぱ組.incという、変わらない宇宙船の外枠。様々な色を受け継ぎ、羽ばたく。
どんなに色が変化を遂げても、彼女たちが持つ武器はかわらない。
戦士には武器がある。彼女たちの武器は、唯一無二の歌と複雑なダンス。7色で宇宙を救う。

宇宙探査の道中でひとり、本物の魔法を手に入れた者がいた。

誰よりも本物の戦士になりたいと望み、ずっと魔法の存在を願っていた者だった。
でんぱ組.incの誰よりも愛の力を信じ、太陽のような存在で宇宙船の行く先を照らし続けた人物――イエロー、成瀬瑛美だ。

これはでんぱ組.incとは異なる世界線の話である。しかし彼女は確かに、ずっと願っていたプリキュアになることを叶え、悪と戦う本物の魔法を手にしたのだった。

帰還、別れ、出発

「でんぱ組.inc コスモツアー 2019 in 日本武道館 ワレワレハ デンパグミ インクダ 〜宇宙からの帰還〜」。コスモツアーの翌年、タイトルの通り、でんぱ組.incは地球へと帰還を果たした。

それは、つまるところ、別れを意味していた。

お寿司と競り合い宇宙を目指した当時からのメンバー、夢眠ねむの卒業である。

でんぱ組.incの回転力の中核を担うほどの熱さを携えていた彼女の卒業式は、でんぱ組.incが地球に帰還した翌日に行われた。

それは別れではなく、「でんぱ組.inc コスモツアー 2019 in 日本武道館 夢眠ねむ卒業公演 〜新たなる旅立ち〜」という名の通り、旅立ちを祝福するものだった。

夢眠と肩を組み弾ける笑顔を見せる成瀬、サプライズとして後ろから登場する相沢、古川。結成当初のメンバーが泣き笑いのような表情を見せる。

宇宙からの帰還を以て、デビュー直後から掲げていた任務を遂行したでんぱ組.inc。ある者は自らの色をメンバーに託し、温めていた夢へ。またある者たちはさらなるでんぱ組.incでの冒険へ。

戦士、でんぱ組.inc。武器は唯一無二の歌と複雑なダンス。別れを告げ、新たなる旅立ちへ。

残ったのは、愛だった

赤、白、新生ミントグリーン、イエロー、ブルー、卵色。新たな旅立ちのその先を、宇宙船・でんぱ組.incで過ごすことを決めた者たち。

そして場面は冒頭に戻る。2019年。
古川の結婚。赤く染まる会場。割れんばかりの祝福の声。

アイドルになりたいと強く願い、それ以外のことには興味がなかった古川。何度も色の変化を繰り返すでんぱ組.incの舵をいつでも取り続けた古川は、いつの間にか戦士としての強さだけでなく、人間としての愛をおぼえるようになっていた。

戦士、でんぱ組.inc。武器は、唯一無二の歌と複雑なダンス。

そして何よりも、強い愛。

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2000年生、音楽ライター。音楽と文章と猫が好き。お仕事依頼等はTwitterなどへ。朝日新聞デジタル&Mで音楽連載中。 Twitter→ @r_dorfer_ https://member1.jp.yamaha.com/topics/detail/id=30097