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PERFECT DAYS

ヴィム・ヴェンダース監督の映画『PERFECT DAYS』を観た。



ちゃんとした考察やレビューはたくさん公開されているのでそちらにお任せするとして。
いろんな種類のいろんな素晴らしい映画があるけど、この映画は私にとっては考えさせられる映画。
見終わってから何日か経った今も、折に触れ思い返している。
余韻てやつなんだな。


役所広司が演じる平山はトイレの清掃員。
朝起きて職場に行き、仕事帰りに銭湯でひとっ風呂、浅草の地下街にある小さな居酒屋で夕飯をとって、アパートの部屋で眠りにつく。
多少の波風はあるけれども決まりきった日常を淡々と綴っている。
NHKの「ドキュメント72時間」とか「世界ふれあい街歩き」とか、市井の人々の暮らしを垣間見る系が好きな人には堪えられない作品のはず。
絶対にオススメ。


平山の生活はいたってシンプル。
部屋にはネットどころかテレビすらない。
かといってミニマリストというわけでもない。
今どきよく見つけたなと言うような古びたアパートの部屋には、古本屋で買い集めた文庫本、神社でもらってきた楓の幼木の鉢植えなどが並んでいる。
押し入れを開けると日付を書いた空き缶がぎっしり。中には仕事の休憩中に撮り集めた写真が入っている。
しかもその写真というのがフィルムのモノクロなんだよね。
今どきモノクロフィルムなんてなかなか手に入らないよ、現像代だって高いし、と突っ込みを入れてみる。
で、休日になると平山は現像したプリント写真をよりわけて、ボツ写真は破って捨て、気に入った写真は缶に入れて押し入れにしまう。
ああ、いいよなあこういうの。
そう、平山にはちゃんと趣味だってあるのだ。



だけどシンプルなのは部屋だけじゃない。
平山は人間関係もバッサバサと切り捨てていく。
仕事の同僚のタカシにいたってはほぼ無視。居酒屋の店長とは挨拶するだけ、休日に行くスナックに顔見知りの常連客はいるもののやはりこれといった会話もない。
そんな平山でも、家出して平山のアパートを訪れる姪のニコだけには唯一愛情らしきものを見せる。
突然の暴風雨のようなニコの来訪に、戸惑った顔をしながらも終始言葉少なな平山。
それが逆に愛情を感じてぐっと来るんだよな。
でもそんなニコのことも、結局母親である妹のもとにそっと返してしまう。
「いつでも来ていいから」という言葉と共に。
小道具のパトリシア・ハイスミスの文庫本も効いているよね。



人として生まれた以上、結婚して子供を持つのが正しい生き方なのだとずっと教えられてきた。
直接言われたわけではないけど。
私が勝手に感じ取ってきただけなのか。
友達が多いのは良い人間の証し、友達が少ないのは悪。
小学校で年明けに届いた年賀状の数比べをするくらいからもう始まっていた。
今ならインスタのフォロワー数とかかな。
独りで生きていて幸福になるはずない。
勝手気ままに過ごすのは自由だけど、それで楽しいのは健康な間だけ。
年取って病気になってから後悔したってもう遅い。最後には恐ろしい罰として孤独死が待っている。
そう信じてきた。
まあそうなんだろうな、人間は集団生活する生き物なんだから。
けど本当に本当にそうなんだろうか。
人生の幸不幸の答えが出るのは結局最期の死ぬ瞬間になってからなのか。

その答えが私にわかる訳はないのだけど。
少子化が深刻な問題になっている今ではこんなことを言ったら眉をひそめられるだけかもしれない。
でも少なくとも「そっち側」である私が声を大にして言う必要はないのではないか。
そして今の私は健康ですらないわけで。
だからちょっとぐらい多めに見てよ、と思う。


休日に隅田川の橋を自転車で渡っていく平山。
その姿は孤独には見えない。
そもそも孤独って何なんだろう。
朝起きると空を見上げて、天気が良ければいいし、雨もまた悪くない。
好きな曲を聴きながら職場に向かい、いつも通りの仕事を終えたら風呂で疲れを癒やし、焼酎のソーダ割と食べる夕飯が美味しい。
週末にはちょっとした楽しみもある。
そしたら完璧じゃないか。
輝くような1日。まさしくPerfect Days。
まあ映画のなかのことだから、それはただの幻想なのかもしれないけど。
それにしてもヴィム・ヴェンダースの目を通して描かれる東京のなんと美しく愛おしいこと。
心に沁みるね。



この映画をみて、昔名画座で見た『マルメロの陽光』という映画を思い出した。
これもまた、画家がマルメロを淡々と描くひと夏のただそれだけのドキュメンタリーなんだよね。
前に加瀬亮がこれを人生で一番好きな映画のひとつに挙げていて、私以外にも観ている人がいたのかとびっくりした記憶がある(名作です)。
これって配信してないんだよな。どこかでしてくれればいいのに。


あ、あと最近市井の人々を垣間見る系でハマっているのはこれ。
BSフジの『ビルぶら!レトロ探訪』
梶原善の声を聞いているだけで癒されるんだよね。
オススメです。


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