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バリアフリープロジェクトの終着点!?ーー今年度の活動の効果・意義を振り返る

立教大学ボランティアセンターでは、学生が身近に感じる社会的なバリア(障壁)や課題に着目し、その解消を目指す「バリアフリープロジェクト」に今年度から取り組んでいます。

2月21日(火)に、自分たちの取組みを多角的に振り返り、より「社会的バリア(障壁)」について理解を深めるための「振り返りミーティング」を、新座キャンパスで実施しました!

バリアフリープロジェクトとは

ボランティアセンターが今年度から取り組んでいる「バリアフリープロジェクト」は、学生が身近に感じる社会的なバリア(障壁)や課題に着目し、その解消を目指す取組みです。

5月下旬からメンバーを募集、8月に実施したキックオフミーティングを皮切りに、【事物のバリア】【制度のバリア】【慣行のバリア】【観念のバリア】の4チームに分かれて、それぞれが感じる「社会のバリア(障壁)」の解消に取り組んできました。

今回は、「キックオフミーティング」の時と同様にゲストをお招きし、多様な視点や考えを交えながら、これまでの活動の振り返りを行いました。

「ココロ(キモチ)」の振り返り

はじめに行ったのは、自分の「ココロ(キモチ)」に向き合う、感情面の振り返りです。

学生が0から創り上げるプロジェクトだったからこそ、その分良くも悪くも感情を揺さぶられるような場面が多かったかもしれません。
ここでは、参加者一人ひとりが自分の活動の中で、”最も感情が動いた場面”を振り返りました。

ココロの振り返りの様子

まずは個人で振り返り、その場面をワークシートに書き出した後、活動してきたチームに関係なくごちゃまぜにした小グループで共有しました。
語り手に対して、聞き手は質問しながらそのときのキモチを深掘りしていくのですが、活動チームは違えど共通点が多くあったようで、どのグループもとても盛り上がっている様子でした。

全体で共有した際に、まず参加者から共有されたのは、以下のような「ネガティブな感情を抱いた場面」でした。

・ボラセン以外の部署と連携する時にボラセンとの連絡でうまく意思疎通できなかった
・制度のバリアの解消を目指したが、法律を変えなければならない問題などは、学生の力ではどうにもできないように感じた
・既存の考え方(概念)を変えるために取り組んできたが、相手が当たり前のように感じていることを変えるのは簡単ではなく、すぐには受け止めてもらえなかった(人の考え方を変えるのは難しい)

※共有された内容の一部

特に「自分たちの思い通りに進まなかった場面」で困難を感じたり、悩んだりしたようで、コミュニケーションの問題や自分たちにできること・学生の力が小さく感じたことなどが、結果的にネガティブな感情へとつながっていたようです。
実際にそのような場面で、「やめてしまおうか」とも考えたと話していました。

特別な事情でオンライン参加となった学生を交えてのグループワーク

一方で、以下のような「ポジティブな感情を抱いた場面」も共有されました。

・自分たちが実施した取組みに対して、参加者からの反応があったことが嬉しかった
・やさしい日本語のイベントを開催した際に、参加者同士で学び合う様子があったり、自分たちが参加者に教えてもらったことがあったりした
・学生だけだとできないことだったかもしれないが、大学の各部署の職員など、様々な人に協力していただいたおかげで実現できた

※共有された内容の一部

ここで印象的だったのが、スキルの向上や達成感のような自分の変化というよりも、「他者との接点」においてポジティブな感情を得ていたということです。

学外の組織にヒアリングをしたり、学内の関連部署に提案したりすることで、多様な人を巻き込みながらプロジェクトを進めてきましたし、実際にイベントなどを開催し、参加者を募ることで、様々な反応もいただきました。
ほとんどの学生は、そこで「何かがうまくいく」「高い評価をいただく」ということではなく、そのような機会・時間を創ることができたこと自体に喜びを感じていたようでした。

また、「ネガティブな感情を抱いた場面」で「やめてしまおうか」と考えたことが共有されていましたが、そこで「続ける」という選択をしたことで、結果的に上記のようなポジティブな感情を得ていたことがわかりました。
迷いや悩み、困難を乗り越えた先で得たこれらのポジティブな感情が、「楽しい」という一時的な感情の変化ではなく、「学びになったということの喜び」として語られていたことも印象的で、プロジェクトを通して参加学生がより深い体験ができたことを示していました。

アタマの振り返り

続いて実施したのが、「アタマの振り返り」です。ここでは、これまで活動してきたチームごとに、自分たちが取り組んだ活動の効果・意義を多角的に振り返りました。

はじめに、改めて自分たちのチームが解消を目指してきた「社会的バリア(障壁)」を確認し、そのうえで自分たちの取組みによって生み出したと考えられる「効果・意義」を付箋にできるだけたくさん書き出しました。

「慣行のバリア」チームの様子

その後、それぞれが書き出した効果・意義のアイデアをチームのメンバーで共有し、そのアイデアを模造紙に書き込んだ4つの枠、「①ボランティア自身」「②課題の当事者・活動の対象」「③活動する組織」「④地域・社会」に分類・配置していきました。

「制度のバリア」チームの様子

元々、社会的なバリア(障壁)を解消することで、その当事者を含む多くの人の役に立つことを志していた学生が多かったのですが、今回の振り返りの様子を見ていると、「①ボランティア自身」に関する効果・意義が非常に多く共有されていました。
ボランティア自身、つまり自分たちにとっての良い影響が様々な場面で生まれたことで、「誰かのために取り組んだことが、結果的に自分のためにもなっていた」ということを改めて認識しました。

プロジェクトを通して見えた良い影響(効果・意義)もあれば、社会課題に対して近づき、深く知ったことで新たに気づくことができた「課題」「バリア(障壁)が解消されない要因」などもありました。
これらについても、チーム内で意見交換しながら共有することで、社会的なバリア(障壁)を生み出している社会の構造についての理解をより深めていきました。

「観念のバリア」チームの様子

振り返りの成果を発表!

「アタマの振り返り」の最後には、各チームの発表を行いました。
各チームの発表内容を簡単に紹介いたします。

〜「制度のバリア」チームの発表〜

「ユニバーサルカラー」「色弱」をテーマに活動し、それらを体験できるようなイベントを学内でゲリラ的に実施しました。

そのイベントを通して分かったことは、参加者に「当事者が身近にいるということやその問題自体を知ってもらうこと」はできても、色覚というそもそも一人ひとりに差がある身体のことであるため、「実感してもらうこと」まで働きかけるのには限界があるということです。
一人ひとりの感覚が違う(他者の感覚を認識できない)というところが、この社会的バリア(障壁)を生み出している要因だということが分かりました。

当事者のことを理解することは難しいからこそ、「当事者に寄り添う」「そもそも当事者にも個人差があるということ」を当たり前のように認識できるようにすることが大事だと思っています。

〜「慣行のバリア」チームの発表〜

主に外国人などに対して使用する「やさしい日本語」をテーマにしたワークショップを開催しました。その中で、意図せず留学生が参加してくれたことから新たな視点が得られたり、学習者同士で交流が生まれたりするなどの効果がありました。

一方で、分類した際に「地域・社会」の枠に配置できる付箋があまりなかったことから、その理由を考えたところ、今回のワークショップを学内・大学生限定で実施したことで、その効果が学外にまで及ぶような動きにはならなかったという課題が見えました。
学外の団体や日本語学校の学生など、参加者の募集範囲を広げることで、より良いイベントにしていければと思っています。

〜「観念のバリア」チームの発表〜

学習時における環境の考え方を変えることを目標に活動してきました。
特に、池袋キャンパスでは、グループワークの場を中心に精神的なバリアを解消することやコミュニケーションを活発化させることを目指して取り組み、新座キャンパスでは、学習姿勢や身体的なバリアの改善・解消を目指して、それぞれ様々な備品を使用した検証を行いました。

「課題の当事者・活動の対象」に分類した付箋には、「椅子の自由配置や椅子自体をフワフワしたものに変えることで学習効果が上がった」というものもありましたが、車椅子の方などにとっては効果のある働きかけではなかったので、「全ての人を対象にすることができなかった」という課題もありました。

今回のような検証の事例がそもそも少ないため、その事例を他大学や地域に伝えていくことも大事だと思いますし、学外に出て地域のどこかで自由に備品の配置を変えてみる・よりリラックスできるものに変えてみるということに挑戦してみるのも良いのではないかと思いました。

最後の問い・・・「バリアフリーな社会」って何?

「バリアフリー」を目指すと言っても、社会的なバリア(障壁)は多種多様で、時に相反するニーズが生まれることもあり、そう簡単に実現できるものではありません。
しかし、その「バリア」を放置しているようでは、いつまで経っても困っている人がいるという事実は変わりません。

今回の振り返りミーティングの最後は、【あなたは「バリアフリーな社会」の中に、自分をどのように位置づけますか?】という問いに対して、それぞれが自分の言葉で語る時間を設けました。

最終的に参加学生は、「バリアフリーな社会とはどんなものか?」「それを実現させるために、自分にはどんな関わりができるのか?」「なぜそう考えたのか?」などを全員の前で話したのですが、ここではワークシートに書き込んであった内容の一部を紹介したいと思います。

やさしい日本語はよく知らなかったけれど、私が日本語に困らないから意識していなかっただけで、身の回りの言語表示には多くのバリアがあると感じた。特に大学内では、留学生と関わる機会もあるし、今もこれからもやさしい日本語はもっと広まるべき。なかなか広めるのが難しかったから、多くの立教生にも身近で役に立つと知ってもらいたいなと思う。

「バリアフリーな社会」⇒これまで私が意識せず過ごせていたように、日本に住む外国人、またが高齢者、子ども、障がいのある方など、いろんな属性の人が何も感じずに過ごせるようになること?

「慣行のバリア」チームのメンバー

サークル活動を通して、しょうがいをもつ人と関わる機会があり、その際に生活の不自由さを考えたことからバリアフリーに興味をもった。
しかし、今回のプロジェクトを通して、バリアというものが自分の身近にあることを実感した。何なら自分にもバリアだと感じていることがあった。バリアは私にとって自分を含めすぐ身近にあるものだと感じた。
バリアフリーな社会=自分でつくり出せる!

「観念のバリア」チームのメンバー

まずもっと勉強したいと思った。
学科の授業の中で、自分自身が(個人の特性に)グラデーションをもっていていいんだと少し心を落ち着けたことがあった。バリアに関しても同じだと思った。カテゴライズはわかりやすいけれど、個々人にスポットが当たらない難しさがある。だから実際に学んで当事者のコミュニティに入ってその世界を素人することが大切だと思った。
(今回の活動で取り上げた課題の)認知度を高める活動をしてみたい。また、社会(マジョリティ)とのズレを自分の作品に昇華していきたい。
様々な人が意見を出しやすい社会になってほしい。

「制度のバリア」チームのメンバー

自分が授業を受けているときにも感じていた身近なバリアについて検証を行ったが、アンケートを通してみんなが(解消を)求めていたことだということがわかった。ここから、皆が思っていたり、体験しているバリアを言わずに黙ってしまっていたりする社会が存在してしまっていることがわかった。
バリアフリーな社会とは、皆で自由に自発的にバリアや悩みについて話し合えて、手を差し伸べられる環境だと思った。

「観念のバリア」チームのメンバー

「バリアフリーな社会」とは、「バリアを自由に組み替えることができる社会」だと思った。身体的なしょうがいなど、望まずしてもっているバリアも存在するが、多くの場合は自分たちが生きやすいように設定したルールや物、認識がもとになっており、つまりは自ら(他者に)バリアを張っていることが多い。
例えば、学習空間における備品の固定は、利用者にとってすぐに学習を始められ、場所選びに困らないというメリットゆえに存在する。場所を提供する側にとっても、備品の破損や紛失の危険が少なく、管理しやすいために利点が多い。
しかし、その環境によって生じるデメリットに目をつぶり、既存の環境にしがみつくだけでは新たな可能性を潰してしまう。多くの人にとってより良い環境を探り続ける試みとして、バリアに対する柔軟な思考をもち、それを更新していくことが大切だと思った。

「観念のバリア」チームのメンバー

ボランティアセンターが主催する2022年度の「バリアフリープロジェクト」はここで一区切りとなりますが、そのまま自分たちの活動を続けていくチームがあるかもしれません。

今回の活動を通して得た経験が、参加者一人ひとりの「バリアフリーな社会に向けた一歩」につながっていくことを願っています。