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【挑戦】豆を挽いてコーヒー淹れてみた!

 きのう、19歳の若さで事業を興し、コーヒー豆の販売をしているという青年に会った。
 情熱を注げる何かがある若者というのはすばらしい。
 そして、そういう若者の話はまちがいなくおもしろい。
 例にたがわず、青年の話もまた、たいへんにおもしろいものであった。 

 彼によると、コーヒーの歴史というのは千年ほどあるのだそうだが、その始まりはヤギ飼いなのだそうだ。


 ヤギ飼いが、なんか謎の赤い実を食べて異様に興奮しているヤギを発見して、“これ食ったらひょっとしたらキマんじゃねえの?”と思って食ってみたところ、もうクッソクソにバッキバキになったため、こりゃあヤバいってんでたちまちその地方で謎の赤い実がトレンドぶっちぎり独走状態となったのだが、その熱狂ぶりを見た領主が“これはイカン”と考え、謎の赤い実をすべて燃やしてしまった。


 しかし畜生の浅ましさか、どうしてもキメたくて仕方ないならず者どもが、その現場から焼け焦げた謎の赤い実を持ち出してそれを煮汁にして飲んだ。
すると、なんとしっかりキマった。
この煮汁がたちまちトレンドを席巻したことはいうまでもない。
この煮汁がコーヒーの始まりなのだそうだ。


『すげえな、レイヴ・カルチャーじゃん』
 その話を聞いたおれが感嘆をにじませてそういうと、青年は首を振ってこう答えた。
『僕は、コーヒーはベイブレードだと思ってます』


 そしておれは、コーヒーをベイブレードだと思っているその青年からコーヒー豆をいただいた。エチオピアの豆と、東ティモールの豆だそうだ。

 おれは60〜70年代のエチオピア・ジャズのファンなので、エチオピアという国にはまだ何となくイメージはなくもないのだが、東ティモールにいたっては何もわからない。地理はおろか、公用語すら知らない。

 だが彼はなんとその東ティモールへ赴き、現地でテトゥン語を覚え、コーヒー豆を栽培している村の農家と話をしたのだそうだ。

 もう凄すぎて全く意味がわからないのだが、彼がかっこいいということだけはわかる。めちゃくちゃ、とびきり、ものすごくかっこいいことだけは。


 そしておれは、彼に教えてもらいながらグラインダーとドリッパーとペーパー・フィルターを買った。人生ではじめて、手ずから豆を挽いてコーヒーを淹れてみようと思ったのである。


 おれは毎日コーヒーを飲む。それもかなり飲むが、その所作ときたらもうほとんどケダモノみたいなもので、近所のスーパーの特売で買ったインスタント・コーヒーを瓶から直にマグカップにぶちまけて、電気ケトルで沸かしたお湯をぶち込んで、スプーンでかき混ぜることすらなく飲むという有様なのである。“カフェインが入ってて色が黒ければいい”ぐらいの、情緒もヘッタクレもないジャンキーみたいな飲み方をもう十数年以上続けているのである。

 そんなものぐさ極まるおれが、人生ではじめて、豆を挽いてコーヒーを淹れようと思ったのだ。何でそう思ったのか説明するのはむずいのだが、
すげえ簡単にいうと、『これ逃したら人生で豆挽いてコーヒー淹れる機会はない』と思ったのだ。だったら、やるしかないではないか。人生はノリと勢いだ。大事なのはボタンがあればとりあえず押す精神だ。そういうわけで、おれは昨晩、生まれてはじめて豆を挽いてコーヒーを淹れたのである。

 そしてその結果、どうであったか。

 めんどかった。

 予想していたのより、ずっとはるかにめんどかった。だがそれは、ゆるやかで心地よいめんどさだった。ちょうど、レコードに針を落とすときのような、わくわくを孕んだめんどさだった。おれはこのめんどさに、すっかりときめいてしまったのである。そして何より、そのコーヒーはうまかった。分厚くて豊かで、立体的な味がした。はあああああ〜あ。そんなふうに全身でため息をつきたくなる美味さだった。


『いやもう、マジで、マージで豆挽くとか今日一回きりだね(笑) 一回経験できたらもうそれで満足みたいな(笑)』と同居人にはうそぶいたが、おれは今日も豆を挽いてコーヒーを淹れた。東ティモール産の豆を挽いてコーヒーを淹れた。いまそれをのみながらこれを書いている。気分は、そうだな、控えめに言っても最高だね。『オトナになったな』って思ってる。31歳なのに。

 ほいで今日、コーヒーを淹れながらふと考えたのだ。おれの祖母は毎朝晩、かならず線香をあげて仏壇を拝むのだが、ひょっとしたらコーヒーを淹れるとはそのようなことではないだろうか。


 祖母にとって仏壇を拝むというのは、故人を悼む日課であると同時に、過去や未来に想いをはせる貴重な時間でもあるし、法悦を得るチル・タイムでもあるはずだ。祈りとは、そういういくつもの時間がミルフィーユのように層を成す瞬間のことだ。その瞬間はたとえば『ライヴ』とも呼ばれるし、『コーヒーを淹れる』ともよばれるのであろう。このささやかな発見に、おれはなるほどそうかと一人でうなずいていた。


 まぁ、とにかくそういったワケで、いまおれは、東ティモール産の豆を挽いて入れたコーヒーを飲みながら、煙草を吸って、ジャズを聴いている。気分は、そうだな、控えめに言っても最高だね。聴いているのはEd Robinsonというピアニストのアルバムだ。2007年にリリースされた作品らしいのだが、いつの時代の人なのかもわからないし(再発かもしれないし)、どこの国の人かもわからなかった。でも、ひょっとしたら、もしかしたら、案外、東ティモールのピアニストだったりするのかもしれない。












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