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連続パンク小説『ババアイズノットデッド』 第四話




この世の全てのおばあちゃんと全てのおばあちゃん子に、そして最愛の祖母・笑子に心からの心を込めて本作を捧げる。

 



第四話 孫と私

 土曜、夕刻。
 曇った空に浅い夕暮れがにじみ、街にむらさきの闇が忍び寄るころ、スイサイダル・テンデンシーズのキャップのうえから、オーヴァー・サイズのパーカのフードをかぶってデニムのショートパンツをはいたヒナタが、玄関先で鼻歌まじりにスニーカーの紐を結んでいた。日にちが経つのは早いもので、もうヒナタとウメがスタジオに入ってから一週間が過ぎていた。あれからヒナタは延々と曲をこしらえては、ウメとともにスタジオに入り楽曲を詰めていた。ウメはなんとか一応エイトビートを叩けるようにはなり、ヒナタもペンタトニック・スケール練習の甲斐あって、簡単なソロなら弾けるまでになっていた。
 
 ヒナタは相変わらず学校には行っていなかったが、ドロップキック事変以来、母・ビワコが口うるさくいうことはほとんどなくなった。ごく親しいとはいえぬまでも、ウメに対する態度も軟化していた。どんなきっかけがあったかは知らないが、ウメの変化は家庭環境を少しずつよくしているようだった。息の詰まるようだった家がふたたび“居場所”になってゆくことが、ヒナタは何よりうれしかった。もちろん、本気で打ち込める“バンド”ができたことにも。もっともウメとバンドをやっていることは、両親には内緒であったが。

 そしてきょう、ヒナタはいつにもまして上機嫌であった。なんせ待ちに待った“ナイスガイズ”のライヴの日だからである。

「……ひひっ」

 たまらずヒナタの口元に笑みがこぼれた。ひさしぶりにジローさんのベースが観れる。ふにゃっとしたいつもの顔はどこへやら、真剣な顔つきでベースを弾くジローさんが。ヴィンテージのジャズ・ベースを指弾きでかなでるジローの右手は、十四歳のヒナタが知るかぎり、この世でもっとも色っぽいものだった。

「えへへ……」

 しかしその甘酸っぱい陶酔は、非情にもわずか一秒後に砕かれることとなった。

「待っちくり、ヒイちゃん」

 ヒナタが振り向くと、そこには白昼堂々ならず者が立っていた。無論、正体はウメである。袖無しのGジャンに革パン、赤毛をヘアスプレーで固めて逆立ててあまつさえヒョウ柄のバンダナを巻くといういでたちをしたウメは、壁に左手を突き足を交差させてポオズを決めていた。もちろんキイチロウの形見であるティアドロップ型のサングラスもしっかり装備しており、その姿たるやまさに『無頼漢』という言葉にふさわしいものであった。

「……なに、その格好」
「いや、ライヴハウスに行くんだべ? ロックのギグっちゅうなら、こんぐらい気合い入れてかんきゃと思って」
「……は?」
「ジローさんのライヴ、観に行くんだべ? ライヴハウスって初めてだから楽しみっきゃ」

 ウメはその場で小躍りしながら嬉しそうに声をあげたが、ヒナタは困惑顔で答えた。

「いや……連れてくとか言ってないんだけど」

 素敵なダンスをピタリと止めると、ウメはサングラスをちょっとズラしてヒナタを見た。

「なんでよ?」
「いや、なんでよって……普通に考えたらわかんじゃん
「わからん!」
「ジローさんのバンド、結構激しい系だよ? 今日は対バンもほとんどそういう系だと思うしさ……だから、その、ほら……わかるでしょ?」
「わからん!!」
「だから、その、つまり…………死ぬよ?
「死なないっ!!!」

 腕組み&仁王立ちで威風堂々と言い放つウメは、心無しか後光さえさしているように見えた。ヒナタはズキズキ痛み出したこめかみを抑えつつ、仕方なく頷いた。

「……わかった。それじゃ、一緒に行こう」
「わあ嬉しい。やったやったあ、嬉しいなあ」

 そしてウメがヒナタの隣に腰を下ろし、膝下まではあろうかというロングの編み上げレザーブーツを履こうとしたときだった。ヒナタは、ウメの革パンの後ろのポケットに何やら奇怪な棒状のものが差さっているのを見つけた。

「ねえ、その革パンの後ろのポケットに入ってるやつ、何?」
「トンファー」
「どうしたのコレ?」
ハードオフ1500円だった」
「いや値段とかは聞いてない。何でライヴハウスにトンファー持ってこうとしてるのって話」
「もしヒイちゃんが荒くれ者に襲われたとき、これで守ろうと思ってな」
「いや荒くれ者って何? 世界観バグりすぎだから。トンファーとかいらないから。置いて行って」
「これを置いてったらヒイちゃんを守れなくなってしまうが?」
「いや大丈夫だから。ライヴハウスで普通そんなこと起きないから」
「ほうか……平和な世の中になったもんだ……」

 遠い目でしみじみと言うウメに、ヒナタはさらに追撃した。

「あとコレはなに? この二の腕の“GREED”ってやつ」
「タトゥーシール」
「どうしたのコレは?」
楽天300円だった」
「いや値段とかは聞いてないから。でもネットで買い物できるようになったんだ、それはとりあえずおめでとう」
「ありがとう、勉強しました」

 祝福するヒナタに、ウメは深々と頭を下げた。

「で、タトゥーシールはなんなの? どういうことなの?」
「なんでもメリケンの言葉で“強欲”って意味だとか……」
「いや意味とかは聞いてないから。何でタトゥーシール貼ってるのって話」
「バイブス」
「バイブスか。よくそんな言葉知ってたね。まぁバイブスはバイブスで大事だけど、そのバイブスはちょっと違うと思う」
「ほうか……難しいもんだのう……」

 肩を落とすウメに、ヒナタは頭を掻きながら疲れ切った声でいった。

「……とりあえず行こう。突っ込みどころはまだ無限にあるけど、全部突っ込んでたら明日の朝までかかっちゃうから」


                ※  ※  ※ 


 今晩ナイスガイズが出演するライヴハウス“純一”は、もともと水産物を加工して市場に卸す水産業務ビルだったのが潰れて廃墟化したものを、オーナーが買い取ってライヴハウスに作り変えたというちょっと変わった代物で、繁華街からは程遠い国道沿いにぽつねんと建っており、何と向かいには警察署があった。七十年代初頭に建てられたものなので全体的に古めかしく、モルタル張りの壁にはいくつも亀裂が走っていたが、元水産業務ビルという片鱗を漂わせる独特のフレーヴァーやアンダーグラウンドな雰囲気は、あらゆるジャンルのバンドマンから愛されていた。ちなみに“純一”とは元プロ野球選手の柏原純一氏から取っているとのことで、オーナーの名前は純一でも何でもなく、“かずのり”だった。それでもみんなは親しみを込めて、オーナーのことを“純さん”と呼んでいた。

 ウメは“純一”のまえで立ち止まり、感嘆めいた溜息をもらした。

「これが……かの伝説の……」
「伝説も何も、電車の中でアタシが説明するまで知らなかったじゃん。ほら、行くよ」

 ヒナタはウメの手を引くと、ポスターとフライヤーだらけの階段を降り、落書きだらけの鉄製のドアーを開けた。瞬間、皮膚をビリビリ震わせ、耳をつんざくような爆音が飛び込んできた。決して広いとは言えないフロアには百人強の客がみっしり詰めこまれ、拳を振り上げ、互いに身体をぶつけあっていた。本日トップバッターの出演である“ファーストフード・ネイション”は、BPMが180を下回ることはまかりならんといった厳粛な面持ちで、色とりどりのモヒカン頭を振り回し、とてもハードコアなパンクを演奏していた。

「こ、これは……!」

 ウメがわなわな震えながら言った。ヒナタは顔を曇らせると、ウメのGジャンの裾を引っ張った。
「ほら、だから言ったじゃん。駅まで送ってくから帰ったほうが……」


「最高だべしゃ!!!!!!!」

 

 ウメは雄叫びをあげるかのようにそう叫ぶと、そのまま客の渦の中へと突進していった。自殺行為とも呼べる祖母の暴挙に、ヒナタは救出せねばならないと一歩踏み出した瞬間、ウメが誰よりも高くポゴダンスをしているのを見て救出作戦を取りやめた。大丈夫だろう、あの感じなら。

 そしてファーストフード・ネイションの演奏が終わるとステージは暗転し、転換のDJが流れ出した。獣のごとき殺気に満ち溢れていたフロアは一転して和やかとなり、タバコを吸ったり、酒を酌み交わしたりと和気藹々とした空気になった。ボサボサ頭でGジャンもグチャグチャになったウメが、目をキラキラさせながらヒナタのところへやってきた。

「ヒイちゃん、すげい。すげいぞ。すげすぎるぞ。こりゃ楽しいわ。浮世を忘れてはしゃいじまったよ」
「知ってる。見てた」
「しびれた。一発でもう、わけがわからなくなっちまったよ。床も揺れるしよお」
「あのお客さんの渦の中に突っ込んでいったときは正直もうダメかと思ったけど……楽しかったんなら何よりだよ」
「ほいでヒイちゃん、一個聞きたいんだけどよお、なんかヒトのうえをヒトが飛んでたな。ありゃ何だ?」
「ああ、ダイヴでしょ」
「だいゔ?」
「そう。テンション上がりすぎて何を思ったか高いところに行きたくなった観客がする風習。一体誰が始めたんだか」
「あれ、面白そうだなぁ」
絶対ダメだからね。あれ危ないんだよ、見りゃわかると思うけど」
「ほうか……ええなぁ……」
絶対、絶対ダメだからね。フリとかじゃなくて、マジで、絶対に、ダメ

 顔を寄せて念を押すように言うヒナタに、ウメは不承不承という感じでゆるゆる首を振った。

 それから二番目に出演した“バッド・ビューティー・アベイル”も、三番目の“インターネット・オア・ダイ”も白熱した演奏を見せた。ラウドで激しいサウンドに客のヴォルテージはどんどこ高まり、そしてついに大トリ、“ナイスガイズ”の出番がやって来た。ずっと後方で壁にもたれてライヴを観ていたヒナタも、このときばかりは人波をかき分けベースの前へとやってきた。セッティングが終わると、信じられないぐらい太いベルボトムを履いた柄シャツ姿の長髪の青年が、ボロボロのギターを抱きかかえたままマイクを引っ掴むと、早口で怒鳴りながら一気にまくし立てた。


『ハイどうもどうもどうもっ!!! すいきんちかもくどってん革命、サインコサインゴールイン、さんてんいちよん一期一会、ワンツーさんしで戦闘開始!!!


我らがッ、ナイスガイズでッ、ございまァぁああああぁ〜〜〜ス!!!!』

 

 そして一曲目が始まった。荒れ狂う猛獣のようなその爆音は、フロアに集まった人間すべての意識を無限の彼方までスッ飛ばした。『エレクトリック・レディ・ランド』期のジミヘンが発狂してディスチャージに加入したような、超高速の凄まじいサイケデリック・ガレージだった。その音はとてもスリーピースバンドが出しているとは思えず、荒れ狂うグルーヴはまるで宇宙を喰い殺そうとしているような殺気に満ち溢れていた。


 『かかって来い! 俺にかかって来い! でも全員は無理だから一人ずつかかって来い!』


 

 ギターヴォーカルの彼は、長い髪を振り乱し、時折歌詞も飛ばして訳のわからないことを叫んだ。そのたびにフロアの客は熱狂した。またたく間に最前列にはモッシュピットが起き、ヒナタは端っこの方で柵を握りしめながらもその狂乱の渦に身を置き、身じろぎひとつせずに四本弦を指弾きするジローの姿を、一瞬たりとも見逃すまいと注視していた。

 立て続けに演奏は続き、三曲目の半ばあたりで、事件は起きた。ヒナタがステージを食い入るように見つめていると、フロアから何者かがステージに上がったのである。すわ暴漢か。一瞬ヒナタの背筋はヒヤッとしたが、その人物が誰か判明したとき、ヒナタは頭から氷水をぶっかけられたような気分になった。

 ステージに闖入したならず者の正体は、ウメであった。

 ウメはステージに上がると、手の甲を向けた逆ピースをフロアに向かって放ち、それから……モッシュピットのど真ん中へ飛び込んだ。やたらアグレッシヴな格好をしたババアの突然なダイヴに、観客は束の間息を呑んだものの、すぐに対応し、優しくウメを受け止めると、そのままフロア中央までリレーのごとくウメを運搬した。普通であればここで降りてダイヴは終了なのだが、ウメは爆音に負けないほどの大声で叫んだ。

「後ろ! 真後ろまで運んで! 壁にタッチするんじゃ!」

 

 仰せのままにと、このババアの横暴極まる狼藉にもノリのいい観客たちはすぐ対応し、ウメをフロア後方まで運んだ。ウメが手を伸ばして壁にタッチすると、あちこちから歓声が飛んだ。普通であればここで降りてダイヴは終了なのだが、ウメはまたしても爆音に負けないほどの大声で叫んだ。

「戻して! またステージまで戻してくだせえ! 絶対絶対絶対戻る戻る戻る!!!」

 

 もはや客も、ウメ本人さえも何がしたいのか解らなくなっていたが、狂乱の熱に浮かされて平常の判断力を失った客たちは素直にこれに応じた。ウメの身体はふたたび前方へと運ばれ、そしてウメは半ば放り投げられるようにしてステージに着地した。そして奇跡というのは起こるもので、ウメがロングブーツの靴底でステージを踏んだその瞬間、『バシィッ!!』というシンバルミュートと共に楽曲が終了した。

 なんとも言えない、微妙な静寂が急速に広がった。

 ウメは『やってやった』みたいな顔でナイスガイズのメンバーの顔を交互に見ていたし、ギターとドラムは『まんまとやられた』みたいな痛快まじりの苦笑をしていたし、ジローは腹を抱えて爆笑していた。そしてヒナタはといえば、穴があったら入りたいぐらいの、いや、核のスイッチがあったら早押し連打待ったなしぐらい猛烈な羞恥に襲われていた。この絶妙なざわめきを打ち消したのはギターヴォーカルの彼であった。

「いや、我々ね、このバンドもう四年やってるんですけどね……やっぱ長くバンド続けてるとね、おかしなこともあるもんですね」

 ギターがそういうと、坊主頭にタンクトップで刺青だらけのドラムが笑いながら答えた。

「オレ今まで見たことないよ、かなり衝撃映像だったよ。おばあちゃんがステージダイヴしてんだもん。TikTok上げたら死ぬほどバズるよ。ジローとか超笑ってるし」

 ドラムの言葉を受けて、フロアからようやく笑いが起きた。ジローはというとベースを提げたまま、なおも可笑しそうに笑い転げていた。

「あは、あはははっ、いやっ、ちょ、やばい。ウメさんじゃん」
 ウメが慇懃に頭を下げた。「ご無沙汰しとります、ジローさん」
「あれ、知り合い?」
「うん。あのね、この奥様は春野ウメさんっていって、こないだスタジオで会ったんだ」
「え、なんで、スタジオ?」
「いや、おれが個人練行ったらロビーにいたんだよ。ウメさん、バンドやってるんだって」
『マァジで!?』

 ジローの言葉に、ギターとドラムは目を剥いて声を重ねた。ウメはもっともらしく頷くと、フロアの片隅で縮こまっているヒナタを目ざとく見つけ、指をさした。


「そうです。あそこにいる孫とバンドをやっとります」

 

 ヒナタが仰け反ると同時に、気を利かせたスタッフがスポットライトを当てた。拍手と歓声が巻き起こり、ヒナタは口を真一文字に結んで、顔を真っ赤にしてわなわな震えながらうつむいた。ヒナタはもはやこの場で舌を噛む以外に選択肢は残されていないんじゃないかと考え始めていた。

「うわー、すげー。お孫さんとバンドやってんスかー。オレもじーちゃんとバンドやりてー」
「わたしがドラムで、孫が歌とギターでござんす。曲はもち全部、孫のおりじなるで」

 ウメがそういうと、『ドラム!?』『ドラム!?』というざわめきがフロアに溢れた。ウメは完全に無限調子こきモードに入っていた。ギターの彼が頭を掻きながらウメに尋ねた。

「いいですねェ。ちなみにバンド名はなんておっしゃるんですか?」
「えっ?」
バンド名

 このときウメは錯乱状態にあった。酸欠不足の脳は正常な機能を失っており、完全にワケがわからなくなっていたウメは、“バンドの名前”を聞かれているのではなく、“バンドメンバーの内訳”を聞かれているのだと勘違いした。

「孫と、私」

 ウメがそう答えると、一斉にフロアがどよめいた。ギターの彼はのけぞりながらも食らいついた。

“孫と私”!?
「はい。孫と私です」

 毅然とした態度でそう答えるウメに、ドラムはくは〜。と笑いながら後ろにもたれた。

「孫と私。孫と私て。すげ〜、マジ超かっけーじゃんそのバンド名。そのバンド名思いつきたかったわ。いや思いついても出来ねーな。だって一ミリもウソじゃないもん

 ジローは口元に手を当てながら、肩を揺らして愉快そうに笑った。

「いやあ、くくく……スタジオで会ったときバンド名聞かなかったけど、本当に、予想を軽く超えてきたなー」

 ドラムが、ふいに思い出したように声をあげた。

「ていうかさ、ていうかさ、もうオレらの企画誘わね?」

 “キカク”という言葉に反応するフロアに、ギターの彼はなだめるように両手を向けていった。

「あー、今日告知する予定だったんですけどねー、我々、来月企画やるんですよ」
「なんかドタキャン入って出演枠一個開いたじゃん。出てもらいたくね? ていうかシンプルにオレがめっちゃ観てえ」
「まあ、そうですね。何つーか俺は、“伝説”を感じましたよ。企画の最後の1ピースが見つかったと言いますかね」

 ドラムの言葉にギターが追随し、客席はにわかに沸いた。ジローは苦笑しながら手を振った。

「いやいや、ちょっと、さすがに話が急すぎるでしょ」
「とか言うけどジロー。どう考えてもこんなんライヴ観たくなんじゃん。お前、“孫と私”観たくないの?」
「いや、それは……」

 ジローはちょっと口ごもったが、腰に手を当てて誇らしげな笑顔を浮かべるウメと、青ざめて小刻みに首を振るヒナタを交互に見たあと、言葉を濁した。

「……まずお二方のスケジュール次第でしょ、そんなの……」
「出ます!」

 食い気味にウメが即答した。

「出らいでか!!」

 ダメ押しでウメは叫んだ。フロアは大いに沸き立ち、歓声と拍手と指笛がいたるところで飛んだ。ジローはほとんど気を失わんばかりのヒナタをちらりと見たあと、心配そうにウメに尋ねた。

「や、あの、ウメさん、大丈夫ですか? 急な話だし、忙しかったら、無理しなくても……」
「無理しとらん! 暇! 死ぬまで暇! でもやれるなら、すぐやりたいね!」

 きっぱりとウメが言い放つと、ふたたびフロアはどっと沸いた。ヒナタはその場にしゃがみこみ、膝に顔を埋めて『これは夢だ』と繰り返した。ジローはどうしたものかと困り顔だったが、ギターの彼はニコニコしながらマイクを持った。

「じゃあこれはもう、決定ですね! 来月の企画に、出てくれるかな!?」

 ギターの彼は往年の名文句のパロディをウメに向けたが、ウメはまだ深い錯乱状態にいたため、拳を振り上げるとこう叫んだ。


『ダーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!』

 


 往年の名文句からスリーカウントを抜いた絶叫がライヴハウスにこだました。ヒナタは薄れゆく意識の中で国外逃亡を決意していた。


 こうして、後に伝説と語り継がれることとなるバンド、“孫と私”の初ライヴは決定したのであった。





♪Sound Track : Push th’ Little Daisies/Ween





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