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中学時代の友人・マッチーの話
僕が中学生んときにね、マッチーって友達がいたんですよ。マッチーはもんのすごくデカいヤツでね、中三にして身長が180近くあったんですよ。筋肉も異常にムキムキで、色も浅黒くて、かなり迫力のあるルックスの持ち主だったの。実際メチャクチャ怪力だったし。わかりやすく『嘘喰い』にたとえるなら肆拾號立会人クラスの実力者ですよ(わかりやすくねー)。
まぁそんな中学生離れした体躯を持っていたマッチーなんですけど、声がすげえ高かったんですよ。超高かった。メチャクチャ高かった。マジで素で、ギャルがやる似てないミッキーマウスのモノマネぐらいの高音出てた。生(き)ソプラノ。
なんか中学校の合唱とかでさ、『大地讃頌』歌うじゃない? あれ変声期の男子が集まって歌うともう“ボーボーボーボー”っていってるだけにしか聞こえなくてさ、なんかブルータルデスメタルみたいな感じになっちゃうんだけど、マッチーはひとりだけ風鈴みたいな音を出してたもん。“Breezin"っていうのはこういうことか。って思いましたけどね当時。AOR感覚の発芽っていうか。
まぁとにかくマッチーの声は見た目とは裏腹に、初対面だったらちょっとぎょっとするぐらいのハイトーンボイスだったんですけど、マッチーはいっつも笑顔を絶やさない、すげえ優しくていいヤツだったんで、僕らも別にそこに対しては言及したりしないでフツーに接してたんですよ。
で、卒業式の日ね。
少し早めに登校して教室へ行くと、マッチーがいつもの窓際の席に座って、机に突っ伏しながらぼんやりしてたんですよ。マッチーはだいたい、いつも一番乗りで教室に来ておりました。そして何をするでもなく、机に突っ伏してぼんやりしていました。いちど僕が始業の一時間ほどまえに登校したときにも、マッチーはとっくに教室にいて、ひとりで机に突っ伏してぼんやりしていました。クリーム色のカーテンからさしこんだ淡い光が、マッチーの広い肩に陽だまりをつくっているのを眺めながら、僕はそんなことを思い出していました。ああ、これでマッチーに朝の挨拶をするのも最後なんだな。しみじみしながらも僕は元気よく、マッチーに声をかけました。
『マッチー、おはよう!』
『……おはよう』
マッチーの第一声に、僕はメチャクチャびっくりしました。
なぜビックリしたか。
マッチーの声が、信じられないぐらい野太く低くなっていたからです。
そのたくましく威厳に満ちた声はもはや、玄田哲章顔負けというにやぶさかではありませんでした。昨日まではミッキーマウスだったというのに今日はなぜだかアーノルドシュワルツェネッガー。変貌にもほどがある。マッチーの身に一体何が。僕は慌ててマッチーに尋ねました。
『えっ、マッチー、どうしたの? 風邪ひいた? 喉とか痛めた?』
僕がそう聞くと、マッチーは照れ臭そうに、ものすごく低い声でこう答えました。
『……いや、おれ、実はこれが地声なんだよね』
『え!!?』
衝撃の事実に僕は思わず叫びましたが、マッチーはさらに続けました。
『おれ、この声ずっとコンプレックスでさ、嫌いだったから、今までみんなの前ではずっと裏声で通してたんだよね』
『え!!!!??? 三年間!!!!!』
『うん。三年間。でももう卒業だし、みんなにウソつき続けたくないって思ったから、今日からは地声でしゃべるよ』
……僕は、驚愕していました。自分の声がコンプレックスという理由で、三年間裏声でしゃべり続けるというその強靭な精神力に。
僕の脳裏を、マッチーとの数々の思い出が駆け巡りました。
そうか、マッチーは休み時間に“ジブリの女キャラで結婚するとしたら誰?”って話をしてたときも、美術の時間に“ジャッキーチェンはボブサップより強い”という持論を熱く語っていたときも、ずっと、ずっと裏声でしゃべっていたというのか。
こんな、こんな益荒男がまだこの国にいたとは。
僕は傷つくように感動していました。
それから登校して来たクラスメイトたちは、マッチーの声を聞くなりみんな驚き、噂はたちまち学校中を駆け巡り、僕らの卒業式の話題は思い出話とかじゃなくてもっぱら“マッチーの声”についてのことになったのでした。
(おわり)
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