ゆーみるしー
たくさんの「こんなはずじゃなかった」を貰った〜私とLab⑥〜
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たくさんの「こんなはずじゃなかった」を貰った〜私とLab⑥〜

ゆーみるしー

拝啓 6年前の私。

こんなはずじゃなかった。

アクセサリー作りのために資金調達のプレゼンをするとは。


こんなはずじゃなかった。

「ちゃんと勉強したいな〜」と愚痴をこぼしたら、朝活イベントを開催することになっていた。


こんなはずじゃなかった。

コーヒーを飲みに来ただけだったのに、なぜかその場で味噌作りに参加することになった。


こんなはずじゃなかった。

手話を勉強し始めて、手話で話す友達ができた。


こんなはずじゃなかった。

音楽家とサッカーコーチと出会ってキャリアイベントを開くなんて予定はなかった。


こんなはずじゃなかった。

あんなに人と話すことが苦手だった私が、コミュニケーションを生み出す場のスタッフをしているなんて。

スタッフ加入時の写真


私、「普通」の学生辞めました。

これまでの記事で、散々Tsukuba Place Lab(以下Lab)でやってきたことを話してきた。これだけ読むと、私は昔からいろんなことにチャレンジしてきた活発な性格だと思われるかもしれない

けれども、全くそんなことはなくて。少なくとも高校までは大人しくて、おおよそ多くの人が想像するような学生生活から外れたようなことはしてこなかった。「普通」の学生だった。まぁ、「普通」よりはちょっと性格が暗かったかな笑

栃木の片田舎で生まれた私は、ちょっとでも人と違うことをすれば後ろ指を指されるような世界で生きてきた。今でも覚えてるのは、小学校での出来事。なんかの課外授業できな粉を作って一人ずつちょっと持ち帰れる、みたいなシチュエーションだった気がする。私が「このきな粉、今日の給食の揚げパンにかけたら美味しそう!」と言ったら、「え〜!ありえない!」とクラス中から非難を受けた(うちの学校の揚げパンは、砂糖をかけただけのものだった)。いやいや、今普通に「きな粉揚げパン」てあるじゃん。きっとその時だって他の地域では存在していたと思う。

スマホもなく、PCすらなかなか触れない当時の小学生にとっては目の前にあるものが全て。目の前にあるものが「普通」だった。「普通」、揚げパンにきな粉はかけないのだ。

もともと人の目を気にする質だったし、それからはできるだけ周りの「普通」に合わせていた。そして留年も休学も起業もしてなくて、真面目に授業に出てたまに課外活動をする「普通」の大学生になった。

大学院生になってからも研究に勤しみつつ、ちょっとサイエンスカフェとかで喋る「普通」の大学院生になる「はずだった」。そのまま生きていったら、「普通」に研究者なり企業の研究職なりに就職する「はずだった」。

それがどうだろう。それまでの私が思う「普通」の大学院生なら、資金調達してアクセサリーを販売なんてしない。理系の学生が朝から言語学の勉強なんてしない。けれどもいつしかそれが私の「普通」の日常になってしまった。

あらゆる「普通」を受け入れる文化

いつから「普通」じゃなくなったんだろう。

いや、本当に本当の「普通」なんてない。ひとりひとりが考える「これはこういうものだろう」というのがそれぞれの「普通」なんだろう。私のもともと考える「普通」は上で語ったようなことで、たまに私の「普通」が周りの「普通」から外れたとき居心地の悪さを感じていたのだ。

じゃあ、今の私の周りを取り巻く「普通」は?

揚げパンにきな粉をかけても笑われないのが「普通」だし、各々が好きな服を着るのが「普通」だし、大学を休学していろんな活動をするのも「普通」だし、大学生のうちに起業するのも「普通」。

それもこれも、Labに来たから「普通」になったのだ。Labはみんなの「普通」を変えてしまうような「場」なんじゃないだろうか。変える、というよりは包み込む、という感じかもしれない。Labはあらゆる「普通」に寛容だった。

Lab3周年のときのクラウドファンディング のタイトルは「誰もが挑戦できる文化を醸成したい!」だったけれど、まさにこれは「文化」なんだろう。Lab自体はただの部屋なんだけれど、その場所に集う人たちが、一つの文化を作り上げてきた。私がLabに来たときにはその文化は定着していて、そしてLabに来る人たちによって守られてきていたのだ。私はその文化に適用した結果、Labでは自由に振る舞えたし、「やりたい」を言い続けることができた。

最初の記事で「やりたいことを口に出そう!」なんて偉そうなことを言ったけれど、そう思えるようになったのはこのLabの文化おかげだったのだ。隠れていた「やりたい」が顔を出したとき、それを口に出すことが「普通」になっていたから、Labに来てからどんどんやりたいことが叶ってきた。

「こんなはずじゃなかった」の手を取った

結果、「普通」の大学院生になる「はずだった」私はまったく「普通じゃない」大学院生になった。こんな「はず」じゃなかった、と6年前の私だったら言うかもしれない。

こういう素敵な「こんなはずじゃなかった」という事象を「セレンディピティ」というらしい。

セレンディピティ(英語: serendipity)とは、素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見すること。また、何かを探しているときに、探しているものとは別の価値があるものを偶然見つけること。平たく言うと、ふとした偶然をきっかけに、幸運をつかみ取ることである。

Wikipedia

幸運を「つかみ取る」、というのがミソかもしれない。私がいろんなことをやってこれたのは全部Labのおかげだなぁ、とも思うのだけれど、きっとそれだけじゃない。

たくさんの小さな夢を叶えられたのは、偶然つくばに進学して、偶然Labがあるというのを知ったからだ。そのおかげでLabに行くという選択肢ができた。

けれども、「Labに行くこと」を選んだのは偶然じゃない。Labを見つけたのが偶然だったとしても、Labに行くことを決めたのは私だ。「こんなはずじゃなかった」と言うと、なにか自分が変えられないような力によってそうなってしまった、という風に聞こえるけれど、そうじゃなかった。私はLabに行くことで「こんなはずじゃなかった」未来をつかみ取った。

この記事が、どこかの誰かにとってLabを知るきっかけになるかもしれない。
けれども、Labに来るかどうかは、あなた次第。

この連載は「Tsukuba Place Lab」で私がやってきたことのまとめ兼Tsukuba Place Labの宣伝記事です。この記事を読んでLabに興味を持った方は是非足を踏み入れてみてください。
Twitter :@TsukubaPlaceLab  
インスタ:tsukuba_place_lab
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誰もがやりたいことをやれる世界をつくる / 株式会社しびっくぱわー/ 素粒子物理 /サイエンスコミュニケ〜タ〜見習い/物理グッズ「#粒や」店長 /手話勉強中/コーヒーゼリー研究会所属/EOS KissX7/Pentax k-1 https://tsubuya.info/