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仙台から福島まで24時間寝ずに歩いた話~前編~

以前、仙台松島間を走って往復した話を書いた。登場人物の友人Gにも紹介したところ、彼の周囲では好評だったらしく、嬉しい限りである。詳しくは以下の記事を読んでいただきたい。

書いてる途中でもあの時のしんどさが蘇ってきたし、完走後はこんな辛い事二度とやるもんかと決意したものだ。
しかし、あれから1年も経たないうちに性懲りも無く同じようなチャレンジに勤しんでいた。25の秋の事だ。
何をしたかと言うと、まあタイトルの通りである。読者のみなさんは本当にこいつアホだと思われただろう。私はそれに一切反論しない。

***
アホチャレンジ第二弾の相棒は菓子パン大好きマッチョのGではなく、別の友人Rである。Rは以前書いた相席居酒屋での事件簿にも登場していた医学部生だ。今回は主役として活躍していただく。
私とRはシャワーしかない学生寮に住んでいたこともあり、しばしば仙台市内の温泉施設に通い詰める仲であった。いわゆる温友(オントモ)である。

ある日、温友定例ミーティングと称して仙台市内の温泉施設に私たちはいた。学部の違う私たちは普段会うことは無く、お互いに近況報告という名のバカ話に興じるのが常だ。
まずは温泉前の腹ごしらえだ。Rイチ押しのカレーうどんを2人で楽しんでいた時、唐突にRが言った。

「今度さあ、24時間ウォーキングしてみない?」

......は?
カレーうどんをすする箸が止まった。
24時間ウォーキング?いやなんだそれは?24時間ぶっ通しで歩くってこと?なんの意味がある?今度っていつ?どこを?第一寝ないでそんなことするなんて危険すぎるだろ。何考えてんだこいつは。バカじゃないのか。
といった具合に脳内がクエスチョンマークで満たされるというのが普通の反応だろう。
しかし前回のマラソンの話でもご存知だと思うが、私は体力に自信のあるドМだ。
ゆっくりと顔を上げ、ニヤリと笑ってこう言った。

「ええな、やろう」

大学生というのはとかく無意味な事への頑張りにロマンを感じる生物である。いやお前大学生じゃなくて大学院生やんと思ったあなた、細かい事はいいじゃありませんか。いや俺はお前と違って意味のある事を頑張っている、学生を一括りにするなと思ったあなた、それは本当にすみません。

なぜRがいきなりこんなことを言い出したかというと、実はRはこの日の数週間前、
「仙台から24時間歩き続けたらどこまで行けるのかチャレンジ」
を別の友人Oと2人で敢行していたらしい。バカはもう一人いたのだ。しかし、Oが仙台から50km地点の白石市で疲労のあまりリタイアし、かろうじて開いていたビジネスホテルに宿泊した結果8000円をぼったくられるという悲しい結末に終わったという。私はそのリベンジ要員として呼ばれたわけだ。ちなみに、チャレンジ前日に筋肉痛になるほどハンドボールに勤しむという愚行を犯していた事が判明したOはRから見放され、この計画からは追放された。

かなりしんどそうではあるが、走らないならマラソンなんかより断然楽だ。景色をゆっくり見る余裕や、ご当地グルメに舌鼓を打つ時間だってあるはず。そしてもちろん交通費はゼロ。シューズなんかはマラソンのやつを転用すればいいから初期投資もほぼゼロ。ゼロが2つ揃ってリーチだ。
さらにもう1つ……寝ないから宿泊費もゼロ!

ビンゴ!!!

3つのゼロで一安心、なんていうどっかの保険の宣伝文句のようなキャッチフレーズが出来上がった。こんなもの行くしかないではないか。行かない理由なんて私の修士論文の新規性ぐらい無い。走りから歩きに変えただけでこんなにも優雅な旅になるなんてステキ!
しかも私には仙台松島間の45キロを走り切った実績が、Rには一度白石まで12時間ぶっ通しで歩いた実績がある。体力面を心配する必要は無いだろう。
まあ結果としてはフルマラソンより辛い目に遭ったのだが、それは中編以降でのお楽しみ☆

さて、24時間歩くにしても目的地があった方が断然燃える。
私たちは仙台市近郊の最適な目的地を設定すべく、グーグルマップ先生をこねくり回した。
先生は歩く時の道順や所要時間までもバーンと計算してくれる。徒歩24時間という不動産屋だったらあり得ないほどの悪条件、かつそこそこの観光地をターゲットに絞った結果、次の三つが候補に挙がった。

・岩手県一関市
・山形県米沢市
・福島県福島市

寒いから北上よりかは南下したい(決行は11月中旬だった)。福島は所要時間18時間と出てるから24時間へのロマンが足りない。米沢は22時間ぐらいと表示されており、ちょうどいい。
この三つの条件により、米沢行きが決定した。
米沢までは約100kmの道のりだから、数字としてもキリが良い。武勇伝として掲げるためのキャッチ―さも十分だ。
こうなるともう米沢熱は止まらない。

米沢牛とか食べようぜ!高いけど交通費ゼロやし、浮いた分で払えるっしょ~!
ゴールしたら米沢の温泉に入ろう!どこがいいかな~?ウホッ!米沢駅の近くに温泉あるやん~♪

とテンションぶち上がり状態のバカ温友たちは未だ見ぬ米沢アクティビティに胸を躍らせていた。特に私は米沢牛が楽しみだった。焼肉食べ放題では3500円の店と1980円の店の味の違いも分からないほどバカ舌のクセに、考える事だけは一丁前である。

チャレンジが近づくにつれ、私はウキウキしていた。米沢まで歩きます宣言を周囲に吹聴した結果ドン引きされるのにも慣れてきた頃、ある人に本気で心配した面持ちでこう言われた。

「山道に熊出たらどうするの?」

どうしよう......
それ以外何も返せず、固まった。この辺に頭が回らないところが計画のガバガバさを示している。
米沢に行くには山を避けて通れないし、不幸にもまだ熊が冬眠する時期ではないという。ガチの山道ではなく舗装された道路だから大丈夫とは思ったものの、出くわす可能性はゼロではない。日本刀なんかを持って行ったら対処できるだろうか。しかし私もRも剣技には精通していないし、そもそも廃刀令が公布されてから久しい。熊じゃなくて警察のお世話になったら本末転倒である。

私とRは熊対策のための緊急ミーティングをファミレスで開いた。緊急なのでこの際温泉で開く必要は無い。
調べたところ、現代には熊撃退スプレーなる素晴らしい商品が売っているらしい。強烈な酸みたいなやつを熊の目に吹き付けるという動物愛護法すれすれのシロモノである。私とRは万が一のために熊撃退スプレーをamazonで購入することにした。ネットで注文すれば翌日には手元に届く。ああ、なんて便利な世の中なんだろう。
しかし、その値段を見てくわっと目を見開いた。

1本8000円...

高すぎるではないか。こちとらキンチョールを買うぐらいの心持ちなのだぞ。3本セットで500円ぐらいのつもりなんだぞ。第一こんなの買ったら米沢牛を食べるお金が無くなってしまう。米沢に行ったのに米沢牛が食べられないなんて、ハワイでビーチに行くの禁止と言われているようなものだ。
撃退スプレーの購入は諦め、熊と出会わないための方法や、出会ってしまった時の対処法を調べまくった。
キャンパスが山の上にあり、たまに熊目撃情報が流れるような大学に通っているくせに、熊対策の知識を全く持っていなかった自分を恥じた。しかし、だからこそ調べる事に意欲を燃やすことが出来たのも事実である。ソクラテスさん、無知の知ってこういう事ですよね?

また、当然私達の敵は熊だけではない。足裏のマメや筋肉痛、寒さなど対策すべき奴らは沢山いる。五本指ソックスに湿布やテーピング、カイロや痛み止めの薬などを買い漁り、財布は痩せ細った。その時点でさっきの初期投資ゼロ説は崩壊しているのでは...?
というご指摘は耳が痛くなるのでやめていただきたい。

さて、必要な物資は全て揃った。後は体力を十分蓄えるのみである。前日にハンドボールをやりまくり、闇に葬られた友人Oの分まで私は歩かなければならない。チャレンジ前日は大学から早めに帰り、筋トレ等も控えて荷造りと休養に専念した。
物資でパンパンになったリュックを横目に、湧き上がるワクワク感を抑制しながら22時過ぎには就寝した。

***
翌朝、午前10時に仙台駅でRと落ち合った。土曜日の仙台駅はオシャレな服装の方々で溢れかえっていたが、私はゴリゴリのジャージにパンパンのリュックである。
せっかくならスタート記念に写真を撮ってもらっても良かったが、そこらのキラキラした人たちにそれを頼む勇気は無かった。なぜならゴリゴリのジャージだからだ。変なヤツと思われたくない...
初っ端から弱気全開だが、Rとルートの確認などをしていると自信が漲ってきた。だってこれから24時間ぶっ通しで歩くという偉業に挑むのだ。松尾芭蕉だって睡眠は取っていただろう。奥の細道を超える旅路に私達は挑む。君たちそんなオシャレな恰好で行くのはどうせカフェだかイタリアンだろう?俺達の勝ちだな。
と仕掛けられてもいない勝負を勝手に終わらせ悦に入るという自己満爆発野郎になっていた。

自己満だろうがなんだろうが気持ちが上がればそれでいい。温友2人は仙台駅の雑踏をかき分け、米沢に向けて力強い一歩を踏み出した。

~中編へ続く~

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