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仙台から福島まで24時間寝ずに歩いた話~中編~

(続き)
この日はすごく天気が良かった。翌日の天気予報も快晴とあり、昨年のマラソンのように雨による絶望は味わわなくて済むだろう。
ゴリゴリジャージで街中を歩くのは恥ずかしさを通り越してもはや清々しかった。胸を張って歩け、という昔先生に言われたんだか言われてないんだか曖昧な名言を反芻しながら歩く。
胸を張った結果、長町という仙台の住んでみたい場所ランキング2位(独断と偏見)の土地に着いた。この時点で出発から1時間も経っていなかったが、Rが言った。

「IKEAで休憩しない?」

...いや早くね!?

まだ道のりは1/24も終わっていない。ここで休憩とはあなた体力大丈夫なんですかと思ったが、Rは大きい方がしたいらしい。毎朝2回大をかます快便王子の私からすれば考えられないが、生理現象だから仕方がない。背に肛門は代えられない。
Rを待つ間IKEA店内でストレッチに興じる。近くを小さい女の子とそのお母さんが通った。

「ママーー!!あの人何してるの?」

「見ちゃダメ!!!」

そんな会話が交わされているのだろうか、しかし今は人の目よりも自分の身体優先だ。怪我の防止のためにはやむを得ない。もちろん公共の場なので地べたに座ってストレッチをしないぐらいのモラルは私にはある。
筋という筋を伸ばしまくった頃、ようやく任務を終えたRが出てきた。ついでだからと休憩スペースでホットドッグを購入し、エネルギーをチャージする。ホットドッグを頬張るRは笑顔だった。良かった。体力の方は問題無さそうである。

日が出ているうちになるべく多くの距離を稼いでおきたいが、無理は禁物だ。特に長時間連続して歩くと足が蒸れてマメができやすくなる。予防するにはこまめに靴下を脱いで水分を拭き取るのが効果的だという。しっかり熊以外の対策も学んできている私たちに死角は無い。
1時間に1回のペースで人気の無い場所を探し、靴下を脱いで汗を拭いた。男2人が生足を晒してタオルで包み込んでいる光景はかなり気色悪かったが、これがなかなか功を奏し、夕方になってもマメが出来る気配すら無かった。

生足をしまい、再び道に戻る。しばらく歩き続けると仙台市を抜け、名取市に入った。日常生活圏の脱出といったところである。ここでは

「考えた人すごいわ」

という名前の高級食パンの店を発見した。そんな奇抜な名前で経営していこうなんて考えた人すごいわ。Rによると常に行列が出来るほどの人気店らしいが、ちらりと目をやると2~3人しか並んでいないではないか。この旅はご当地グルメを楽しむのも目的なので、そそくさと最後尾に並んだ。さすがに食パンは量が多くてかさ張るので卵サンドを購入した。蔵王の卵使用とあるからこんなもの美味いに決まっている。だってあの蔵王だ。蔵王と付けば何でもうまい。その威力たるや北海道に比肩する。そしてその見立てに狂いはなかった。最大限の語彙力でその味を表現すると、めちゃんこ美味かった。

RがいきなりIKEAで休憩しようと言い出した時はこの先どうなるのか心配したが、それは杞憂に終わった。私達のペースは順調すぎるほど順調で、なぜか道に落ちていた赤飯の塊を激写して大爆笑できるほどテンションがバグっていた。
元気でなあと赤飯に別れを告げ、東北地方を代表する国道の一つ、国道4号線に入った。白石市まではずっとこの道を進んでいけば良い。
この地点でランナーズハイならぬウォーカーズハイに入っていた私達は

バカ話→休憩→バカ話→休憩

という生産性ゼロの無限ループにハマっていた。話が途切れる気配も無かったからトーカーズハイと呼んでも良いだろう。今の言い回しうまいなあ。

歩きながら、間違いなく学生時代の思い出ランキングベスト3には入ると確信していた。仙台市、名取市、岩沼市、とこれまで慣れ親しんだ地名をなぞって歩く。市の境界を越えるたびにいちいち喜び、写真を撮った。あと半年もしないで私たちは宮城県を離れ、恐らく拠点として戻ってくることは無い。6年を過ごした土地の総集編だ。あんなこともあったな、こんなこともあったなとRと語り合った。エモい音楽が流れでもしたら確実に泣いていただろう。

かなり日が傾いた15時ごろ、柴田町に入った。ここではあえて4号線から逸れ、阿武隈川の河川敷を歩いた。夕日を受けてさらさらとこすれ合う一面のススキ、遠くで滑るように動く水面、そして吸い込まれるように青い空。ああ、俺がもっと文化人だったら素晴らしい俳句を残せるのにな。結局バカ話を続けながら写真を撮るだけであった。阿武隈川さん、ごめんなさい。
かつて多くの友人が「ただの精神修行」と口を揃えた某パン工場での単発バイト、その主戦場となった工場が見えた辺りで河川敷の道が終わった。本当にあったんだ、と初めて東京スカイツリーを見たときと同じような心境になった。

柴田町を抜ける頃、辺りはかなり暗くなっていた。歩いた距離はおよそ40km。フルマラソンと同じぐらいの道のりだ。ここで運よく田舎っぽい(柴田のみなさんすみません)ショッピング区画のようなものがデデンと鎮座しており、その中に貧乏学生の味方、サイゼリヤを見つけた。まとまった昼食を食べていなかったので、腹ごしらえも兼ねて長めの休憩を取ることにした。長い夜に備えなければ。
欲を言えば牛丼が食べたかったが、グーグルマップ先生に聞いても近くに全く無かったため諦めた。関係者の皆さん、あそこらへん出店のチャンスですよ。

ミルクボーイが漫才の中で「サイゼはパジャマから入店可能やねん」と言う通り、ゴリゴリジャージでも一切の躊躇なく入店できた。ビバ・サイゼ。
かなり空腹だったので、ドリアとピザがすこぶる染みた。ビール以外にも染みる食べ物があったのかという新発見に私たちは目を丸くした。Rと共同で論文として発表すれば、Natureぐらいの雑誌には採択されるかもしれない。
さすがに足の筋肉が少し張ってきていたので、トイレに篭ってこそこそとバンテリンを塗りたくった。心は完全に犯罪者である。私の番が終わるとRもこそこそとトイレへ向かった。その背中たるや、隠れて麻薬を吸いに行く人のそれと同じである。
トイレでの完全犯罪を終えた私達はドリアとピザというカロリーモンスター達をものの数分で平らげ、店を出た。

日没を迎え、辺りはもうすっかり暗くなっている。
ここで満を持してRの秘密兵器、ヘッドライトの登場である。

Rの不審者度がぐーーんと上がった!!

その真横にいる私もそうなのだが、端から見るとかなり怪しい2人組だ。それでも歩みを止めるわけにはいかない。お願い、職務質問はやめて。

すれ違う人たちはみんな私たちを二度見したが、通報されなければそれでいい。前だけみて歩いた。疲労も痛みもまだほとんど無い。米沢まではまだ半分も来ていないが、行ける気がした。
ライトが不要になる夜明けにはどこまで進んでいるだろう。そこから見る景色はどんなものだろう。およそ12時間後という超近未来に思いを馳せ、私達は夜道を進んでいった。

~後編へ続く~

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