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フィジーク観戦記〜飯山を訪ねて400km〜

「まつした君さあ、お盆休みは何するの?」
「友人がボディビルの大会に出るんで応援しに行くんですよー」
「えっ?」
「えっ?」

今年の夏、こんなやりとりを3回はした。
なんでそんな微妙な空気になるんだ??お盆休みにボディビル観戦の予定があることがそんなにおかしいのか?どいつもこいつも鳩が豆鉄砲を食ったような顔しやがって。
しかしそういったやりとりを繰り返す中で薄々感じてはいたが、世間一般にはそれは「おかしい」らしい。いやいや、私は至って普通じゃないか、実際に大会に出る人の方がおかしいだろーー!!このハゲーーー!!
というのが私の主張だったのだが、それが聞き入れられることは無かった。むしろ弁明を重ねるごとに私の変人レベルは上がり、なるほどこうやって冤罪というのが出来上がってしまうのかもなあとしみじみ感じたわけである。せっかくの夏休み前に無実の罪を着せられてしまった社会人3年目の夏。なんとか気を取り直していきたいところだ。

ボディビル、というか正確にはフィジークなのだが、それに出場する友人はおなじみのあいつである。みなさんは覚えているだろうか?私のnoteに度々登場し、もはや準レギュラーともいえる存在、友人G。
仙台-松島間を雨の中走ったり、真夏に川崎から熱海まで不眠で歩くというアホチャレンジを共にした愛すべき筋肉バカである。その時の話も我ながら力作なのでぜひ読んでもらいたい。これらを読んでから本記事を読めばより一層楽しめること間違いなし!

そんな友人Gがフィジークの大会に出るという。筋トレを愛し、減量を愛し、体力勝負を愛する同志としては応援するしかない。しかし開催場所は彼の故郷でもある飯山市。長野県最北部に位置し、泣く子も黙る大僻地である。
京都を出発し、名古屋を経由していくのが最短だが、片道だけで5時間はかかる。貴重なお盆休みを費やしてまでそんなところに行くのか???いや、行くに決まってる!!
だって、

他に予定無いんだもの!!

何でもないことなのに思わずセンター寄せの太字で主張してしまった。いや、厳密には家族で墓参りに行く予定があったのだが、フィジーク大会と被ったためそちらはごめんなさいしたのだ。しかしそれ以外の予定は本当に無かった。独身社会人って思いのほか長期休みが暇なのである。恋人がいないお独り様ならなおさら。だったら友人の雄姿を見に行かない選択肢などあり得ない!!
しかし大阪出身のシティボーイである私はそんな田舎に1人で行くのは心細い。そこで大学時代からGを含め仲が良い友人H、友人Mの2人と一緒に飯山を目指すこととした。
彼らもお盆休み一番の予定がボディビルの観戦であり、世間一般で言う「おかしい」人に分類される愉快な仲間だ。しかし彼らには彼女がいる。なんでやねん。

友人HとMは愛知に住んでいるが、場所が遠いという事もあり我々は長野に前日入りして観戦する計画を立てた。その道中や前泊時にもいろいろとハプニングや面白い出来事が起こったのだが、ほぼ全て放送禁止か内輪ネタの内容だったため、ここでは割愛する。いやはや、男子だけのノリというものは恐ろしい。

話は飛んで大会当日の朝、我々は信州中野駅というこぢんまりした場所の改札でGと合流した。久しぶりの再会にみな嬉し涙を流して抱擁を交わす…
なんて展開は無く、彼の姿を見た瞬間我々は爆笑した。

黒すぎやろ!!!!

フィジーク選手が日焼けで黒いことは有名だが、実際に見てみるとあまりにも黒い。大げさじゃなくかりんとうかと思った。黒糖味の太めのやつ。
田舎の小さく可愛らしい駅と、馬鹿でかく黒光りした逆三角形男はこの上なく不釣り合いだった。
抱擁の代わりにみんなで彼の極太の腕や胸筋を触り、叩き、再会の喜びを噛み締めた。相手が女性なら一撃でブタ箱行きである。
ひとしきりGの身体を触り終えたところで駐車場へ移動し、彼の車で会場へ向かった。仙台にいた時とは違い、もう可愛らしい軽自動車には乗っていないようだ。

会場入り

さて、会場は長野県飯山市。雄大な山々に囲まれたド田舎自然豊かな場所だ。温度も湿度も低く、吹き抜ける風が肌を冷やす。灼熱の京都からやってきた私を癒すには十分な気候だった。
しかし、会場に集ったマッチョ達による熱気がすごい。G以外にもそこかしこにヒト型かりんとう、いや、かりんとう型ヒトが溢れている。これじゃせっかくの冷涼な気候が台無しである(褒め言葉)。
しかし会場内はもちろん冷房完備。外観も内観も洗練された場所、飯山市文化交流会館「なちゅら」で開催された。

大会会場の「なちゅら」
そこはかとない芸術性を振りまいていた。

果たしてフィジーク大会が「文化交流」にあたるのか?という疑問には目をつぶることとする。
建築家の隈研吾さんが設計したらしく、飯山市の誇りでもあるそうだ。

いざ会場入り。選手である友人Gと、サポーターに選ばれた友人Hは先に会場入りしている。サポーターとは選手が最高の状態でステージに上がれるよう、舞台袖での最後の追い込みを支援する役割のことだ。直前まで筋肉を良い状態に持っていこうとする涙ぐましい努力である。Hによると舞台裏は物々しい雰囲気が漂っていたそうだが、それを直接見られなかったのは残念だ。
客席を見渡して気付いたのだが、なぜか観客にもマッチョが多い。類は友を呼ぶっていうやつだろうか。そんなに仕上がってるならステージ上がれば?と言いたい人が4〜5人はいた。
そして大会プログラムを見て思ったのだが、何より種目数が多い。年代別の種目もあるのだが、初参加者を対象にしたものや、女性部門も多かった。ビキニ部門やデニム部門、ドレス部門など多岐に渡り、詳細は省くがもはや何が違うねんというツッコミ待ちなのでは?というラインナップだった。
しかし裏を返せばそれだけ門戸が開かれているということだろう。誰にでも優勝できるチャンスはある。であれば小太りおばさん部門とか、中年太りおっさん部門とか作ってくれないだろうか。もちろん出場者はうちの母と父だ。アベック優勝も夢じゃない。

競技開始

司会者の合図で開会式が始まり、ステージ上に全選手が一堂に会した。鍛え抜かれた肉体が放つオーラと熱気は圧巻だった。集合体恐怖症の人が見たら卒倒するのではないか。ここから競技開始である。

さて、ボディビル大会の醍醐味といえば、観客の掛け声である。
「キレてる!キレてる!」
「二頭筋チョモランマ!!」
「肩にちっちゃいジープ載っけてんのかい!!!」
などでお馴染みのアレである。もちろん私がこういう掛け声を発するチャンスを見逃すはずがない。スプレッドシートを友人と共有し、1ヶ月前からそこに思いついた掛け声を書き溜めていくという徹底ぶりだ。しかし結局書き込んでいるのは私しかおらず、いかにみんなが普段仕事や私生活に精一杯で、私がくだらないことばかり考えているかが浮き彫りになった。
そんな一人相撲を続けてきた訳だが、その虚しさも今日報われる。いくつかの部門が行われたが、観客も緊張しているためかイマイチ盛り上がりに欠ける。私はGの応援のために喉を温存していたためあまり声を上げず、彼の登場を待った。

そして遂にGが登場した。エントリーNo.は73。昨年熱海に向かう前、バルクしすぎて入らねえと情けなく嘆いていたサーフパンツを見事に履きこなしていた。あれが入るぐらいに絞ったのかと思うと感慨深い。

サーフパンツが入らず苦戦する1年前のG

ステージ上で微笑むGは輝いていた。白い歯が目に眩しい。隆起した僧帽筋は光を受けて刃のように輝き、首から三角筋にかけて光の峰が走っている。その姿は朝焼けに照らされた大雪山連峰を想起させた。見た事ねえけど。
さらに驚いたのは73番への応援だ。
彼が登場した途端、私を含めそれまで息を潜めていた猛獣が暴れ出したようにオーディエンスが騒ぎ出した。
「73番!!!!」
「73番いいよお!!!!!」
という絶叫、咆哮があちこちから響いてくる。彼の家族、地元の友人も応援に駆けつけているとは聞いていたが、これほどまでとは。声量には自信のある私だが、これでは周囲の声にかき消されそうだ。そんな伏兵たちの登場により会場のボルテージは最高潮になった。
審査員の合図でGを含め数人の選手が一斉にポーズを決める。まずは観客の方を向いたフロントポーズから。歯をくいしばった険しい表情の者、笑顔を絶やさない者、多くはこのどちらかだが、Gは後者だった。

基本的に選手達は
・フロントポーズ
・バックポーズ
の2種類しか行わない。審査員が都度どちらのポーズを取るかどうか指示し、5〜6人ほど並んだ選手たちの位置を入れ替え(スイッチ)していく。

「はい54番と23番スイッチ」
「はいバックポーズ」
「……23番と65番スイッチ」
「はいフロントポーズ」

以下繰り返し。みたいな感じで競技が進行していく。選手達の位置も目まぐるしく入れ替わっていくが、基本的に真ん中の方に配置される選手は高得点を得ている傾向にある。

バックポーズを決める選手たち。右から2番目がG

競技の流れを見守る事、そして自分なりの掛け声で観客も試合に参加出来る事がボディビル大会の良いところではないだろうか?私が実際に発した掛け声を一部抜粋する。

  • 背中がエイヒレみたい!!!

  • 腹筋松ぼっくりみてえになってんな!!!

  • 三角筋自転車のヘルメットみたいだな!!!

  • 73番かりんとう!!!

  • 絞りすぎたウォーターボーイズか!!!

  • 背中にカマキリの顔が見える!!!

  • 73番の僧帽筋関田山脈(飯山市にそびえる山々)か!!!

  • 二頭筋トガってるよ!トガりまくってるよ!戸狩温泉!!

こんなことを叫びまくっていた。事前に考えていたものもあるが、当日その場で考えたものもある。一種のゾーンみたいなものに入っており、隣の人から
「なんでそんなにぽんぽん出てくるんですか?」というお褒めの言葉を受けて誇らしく感じた。かねてより私は大喜利が弱いと思っていたが、実はそんなこと無かったのだ。「お前の大喜利おもんないな」と言ってきた高校時代のあいつ!!これ見てるか!!!

関田山脈と戸狩温泉に関しては完全に飯山市民向けの掛け声であったが、Gだけが笑っているのが見え、応援がしっかり届いていることが確認できた。選手と観客という隔たりを越えて内輪ネタを共有できたことが嬉しく、ニヤケが止まらない。
競技後にGから「関田山脈は笑ったわ」と評価され、私は人目をはばからずほくそ笑んだ。あそこまでのしたり顔を決めることは今後の人生そうそう無いだろう。観戦前に飯山駅で観光パンフレットを熟読し、友人Mと声合わせの練習までした甲斐があった。

Gは3部門に出場していたが、彼が出場しない部門も全て観戦した。選手たちはみな素晴らしい仕上がりとポージングを見せていたが、ふと冷静になる瞬間が何回かあった。その時私の脳内には
「何やってんだこの人達…」
という独り言が響いていた。休日にわざわざ長野までやってきて、壇上でパンツ一丁になり、汗だくになりながら全身をこわばらせている。普通に考えたら異常でしかない。この独り言を聞いたのは、かつて友人に無理やり連れられてクラブに行った時以来だ。大音量のホールで踊り狂う人達を見てふと冷静になり、「何やってんだこの人達…」という声が脳内にこだました。しかしあの時とは決定的に違う点がある。クラブでこの声を聴いたとき、直後に湧き出た感情は侮蔑と虚無感。今回湧き出た感情は畏怖と尊敬だ。
それだけ何かを頑張っている人は素晴らしいのだと実感し、ありきたりな言葉だが刺激を受けた。

隣で一緒に見ていた友人Mが、元阪神の糸井嘉男似の選手に対して
「15番糸井嘉男ーー!!!」
と身体の仕上がりに無関係な事を叫んで周囲の爆笑を誘ったり、
私が「腹筋松ぼっくりみてえになってんな!!」という掛け声の後、隣に座っていた観客から
「どうして松ぼっくりなんですか?」
という質問を受け、ギャグの説明をさせられるという辱めを受けたりと、私の周囲はかなり盛り上がっていた。
腹筋松ぼっくりの説明を求めてきた女性は104番の女性選手を応援してきており、我々が104番の選手、その女性たちが73番のGを応援するというエール交換もできた。筋肉は他人どうしをこうも簡単に結びつけるのかと感動した。
おふざけと取られて退場処分を受けても仕方ないような掛け声を上げ続けていたが、全く咎められることはなく、むしろ司会者はノリノリだった。本当に自由な大会。あえてクソみたいな語彙力で感想を言えば、楽しすぎて死にそうだった。

結果発表

全ての競技が終わるころ、私の喉は戦闘を終えた狗巻先輩みたいにガラガラだった。元ネタは呪術廻戦だよーん。
全競技が終わり、表彰式の時間。これだけで1時間以上あったので、いかに多くの部門があったのかがうかがえる。用意されているトロフィーも長机を埋め尽くさんばかりにびっしりと並んでいた。
そして肝心のGの結果だが、出場した3部門中2部門で5位入賞という快挙を果たした。本人は少し悔しそうだったが、素人の私には1位の選手との違いがあまり分からなかった。プロならではの評価ポイントがあるのだろう。
メダルをかけてもらうときのGは笑顔というよりかはニヤケ顔だった。まあメダルかけてた人がキレイなお姉さんだったから、そうなるのも無理はない。
笑いあり、感動あり、観客どうしの交流ありと三拍子そろった大会は私の心に深く刻まれた。墓参りをサボって飯山まで来て本当に良かったと思う。秋になったらちゃんとお参りに行きます許してくださいご先祖様。
これを書いている今でも特にバチは当たっていないので、多分私のご先祖様はビルダーだったのだろう。今度墓前にプロテインでもお供えしなければならない。

表彰式を終えて会場を出ると、既に日が落ちかけていた。夏の夕暮れは風流である。この後Gの車で彼の実家へと向かい、BBQをごちそうになった後宿泊までさせてもらった。実写版田舎に泊まろうである。変な男3人を快く受け入れてくれたみなさんには感謝しかない。大会振り返りトークは夜遅くまで続き、Gは既に反省点を見出していた。こいつ、もう次を見据えてやがる。私も負けじと新しい掛け声を考えなければならない。

翌日は台風接近のため、私と友人M、友人Hの3人は交通の混乱を避けるようにして帰路に就いた。応援と長距離移動ですっかり体力を使い果たした私はそこから寝るだけの休みを数日間過ごし、
「大会で受けた刺激全然活かせてねえじゃん…」
という自分自身に向けられた侮蔑の声を聴いたのだった。


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