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仙台から福島まで24時間寝ずに歩いた話~後編~

(続き)
Rのヘッドライトが夜道を煌々と照らす。山岳部出身のRはその経験をいかんなく発揮しており、私がコンビニで調達した懐中電灯はスーパーサブに甘んじた。ヘッドライトの電池が切れるまではベンチウォーマーである。
筋肉は少し張っているが、問題無い。Rとバカ話に興じるトーカーズハイは続いており、アドレナリンが無尽蔵に湧き出ていたからだ。若いって素晴らしい。

ヤングなトーカーたちはペースを落とすことなく蔵王町に入った。昼に食べた卵サンドのふるさとである。井の中の蛙ならぬ胃の中のひよこたちに改めて感謝した。君たちのおかげでここまで歩いて来れたんだよ。

国道4号にそってひたすら歩いた。夜になって気温がぐっと下がったが、スパッツに上着にニット帽と対策はばっちりだ。これまでリュックをパンパンにするしか能の無かった彼らはようやく日の目を見た。夜になってから日の目を見るなんて皮肉な話である。
足裏にマメが出来そうな予感があれば、バンドエイドとテーピングで補強した。テーピングを切るためのハサミだってある。調べてきた知識や準備が過不足なく役立っている感覚が楽しかった。人気の無い夜道が長く続くが、RPGを進めているようで怖さは感じない。次の目的地はいよいよ友人Oの亡霊が眠る白石市だ(Oは今も健在である)。

***
長くて暗い道の先に市街地が見えた。あれが白石に違いない。
ウキウキした私とRはペースを上げた。車道に突き出した案内標識。そこに光る「白石市」の文字。やった!ついに白石市に入った!宮城県の端っこだ。中心部まではまだ距離があるが、やはり地名が変わるというのはかなりのポジティブエネルギーを与えてくれる。この時点で時計の針は夜8時ごろを指していた。朝10時に出発したので10時間ほど歩いたことになる。24時間ウォーキングと考えるとまだ半分も来ていないが、眠気も疲労も無い。足が少し張っている程度である。順調だ。
白石市中心部に着くのは夜9時ごろだろう。そこではがっつりめの夕食を摂ることにしていた。中心部を離れると米沢へ向かう山道へ入り、そこから50kmほどはコンビニすら無い無人ロードが延々続くからだ。山中でエネルギー切れになることは避けなければならない。
夕方に断念した牛丼を今度こそと思ったが、またしても牛丼屋は無い。いや正確にはあるのだが、私達の歩く道からかなり逸れなければならなかった。関係者のみなさん、どうして国道4号線に牛丼屋を作らないのでしょう??やり場のない怒りをエネルギーに中心部までたどり着いた。

牛丼難民と化した私たちは妥協と言っちゃ大変失礼だが、和食レストラン「まるまつ」で夕食を摂った。ここで我慢してやるかという上から目線入店だったのだが、運ばれてきたうどんとミニどんぶりがこれまためちゃんこ美味かったのである。一瞬でもまるまつをバカにした私たちは大いに反省し、改心した。うどんのダシは間違いなく黄金に輝いていた。
まるまつではサイゼリヤと同じようにトイレでこそこそバンテリンを塗りたくった。私たちしか客がいなかったのでもう歯止めが利かない。時間無制限バンテリン塗り放題サービスだ。さらに筋肉痛予防として湿布も追加する。Rも同じことをしたので、トイレのゴミ箱には湿布のフィルムがもっさりと積もっていた。
さっき時間無制限と言ったが、あれは嘘だ。入店から閉店まで40分ほどしかなかったので、店員に急かされて店を出た。

一体まるまつの店員さんは湿布のフィルムだらけのゴミ箱を見て何を思ったのだろうか。あいつらトイレで変な事してんじゃねえよクソがとか罵っていただいて構いません。あの節は大変ご迷惑おかけしました。
しかし休憩をしたのでもう大丈夫、さあここからが本番だ、待ってろよ米沢!!!
意気揚々と再スタートを切った刹那、私たちは稲妻に撃たれたように固まった。

足が痛い…


しかもこれまでの痛みとは格段にレベルが違う。ポケモンで言うとコイキングがギャラドスになったぐらい痛みが進化している。特にヒザ裏が強く引っ張られるように痛い。あれ?歩くだけでこんなに痛いってあり得る?どうやら休憩をしすぎたのが原因らしいが、時すでに遅し。我々がうどんに感動している間にも着実に疲労は蓄積を続けていた。
ここから一気にペースダウンした。歩くリズムが悪く、痛みで足の可動域が極端に狭い。骨だか筋肉だかスジだかよく分からんが痛い。歩き方を少し変えたり、姿勢も変えてみたりして痛くない方法を模索した。

ヒザを伸ばすと痛い、曲げると痛い。よってずっと痛い。Q.E.D.

絶望的な三段論法が完成したところで、一つの結論がはじき出された。

「これ,米沢無理じゃね?」

ようやく気付いたかバカどもめ!!という読者の声を今全力で代弁した。
そもそも白石まで約50km歩いた段階で膝がギャラドス状態なのに、そこから米沢までまだ60km以上あるのだ。しかも夜の山道で勾配は一層険しくなり、徹夜という悪条件。

遠のいていく米沢牛...

そして協議の末、新たに設定された目的地がタイトルに登場する福島というわけだ。決して表記をミスっていた訳ではない。

「はあ~無理無理!米沢は無理!!足痛いしもう妥協しよ!!」

2人揃ってこんな気持ちになり、米沢牛は脳内から消し飛んだ。
残念ではあったが、福島も最初はゴール候補地の一つだったのだし、悪くない。山道も通らないから熊に出くわす可能性もほぼゼロだろう。
さらに、福島だったらそこからたったの30kmほどだった。30kmを「たったの」と言っちゃうあたり、私たちの距離感覚がいかにバグっていたか想像に難くない。
しかし進路変更により急に気持ちが軽くなった。60kmから30kmへの変更なのだ。30kmも短縮されたのである。こんなのもうゴールしたも同然ではないか。
ポシティブに考えよう。いずれにしても歩いて宮城県を脱出する事には変わりないし、なんなら
「仙台から米沢まで歩いた」
よりも
「仙台から福島まで歩いた」
の方が武勇伝としてはピンとくるのではないか?うんそう!絶対そう!福島の方が多分有名だし、こっちの方が良い!

あばよ米沢!目指すは福島!面舵いっぱーーい!!

これは妥協ではない、勇気ある進路変更だと自分達に言い聞かせた。
米沢へと続く道をスルーし、再び国道4号線に沿って歩き出した。切れかけた緊張の糸を再び締め直す。まだまだ夜が明ける気配は無い。

そして思い知った。「山道を通らない」という考えが大間違いであったことを。
けっこうな上り坂がズドンと私たちの前に現れ、落胆した。道路脇は完全な山である。もし熊が出現したら吐くセリフは

「そんなバカな...」

ではなく

「あっ!やっぱそうきましたか~☆」

になるようなガチの山である。路側帯の幅も超狭い。エレベーターに乗ったら真っ先に「閉」ボタンを連打する私の心ぐらい狭い。
なんじゃこりゃと叫びたいが、ここで引き返せば白石のぼったくりホテルに宿泊するという友人Oと同じ轍を踏むことになる。それだけは避けなければならない。前に進むしか選択肢は無い。熊避けのためにスマホで音楽を鳴らしながら歩いた。
路側帯が狭いので、車が来たら端に避けて通過するのを待った。足が痛くて苦痛に歪んだ顔面をぶら下げていた私達は、運転手からしたら亡霊にでも見えたかもしれない。もしあの時の運転手の方々がこれを見てくれていたら、あれは亡霊ではなく実体を伴うバカ大学生だったのだとどうか安心してほしい。ほん怖にエピソードとして送るのはやめた方がいい。稲垣吾郎が悪霊退散と叫んだところで私たちは成仏しない。
上り坂がかなり辛い。恥を捨てて亡霊プレイを続けても一向に山道が終わらない。

「福島にはすぐ着くっしょ~♪」

とか余裕をぶっこいていた自分を殴りたい。グーで。なんやねんマジで。白石市がでかすぎて全然福島県にたどり着かない。そしてむちゃくちゃ寒い。天気は快晴なので、放射冷却でどんどん気温が下がっているのだ。曇っていたらここまで気温は下がらない。昼間はあんなに快晴であることをありがたがっていたのに、手のひらを返して夜は曇れよと思っていた。
しかし、ふいに現れた池の横の小さな広場で素晴らしいものを見た。

星空である

山道、快晴、夜中という好条件が揃い、オリオン座を筆頭に冬の星座たちが頭上で煌めいていた。子供のころから宇宙が好きだった私はテンションが上がり、さっきまでの「夜は曇れよ」という気持ちはどこかへ吹っ飛んだ。
あまり星座に明るくないRに対し、あれはふたご座だのあれがシリウスだの語りまくり、私は自分の事をロマンチストだと思い込んでいた。
会話というのは言葉のキャッチボールが基本だが、この時私は一方的に言葉を投げまくるピッチングマシンと化していた。

ふとスマホを取り出すと、ディスプレイがちょうど0時を示している。もう14時間も歩いたのだ。まだ宮城県を抜け出せていないのに、足の痛みは引かない。そして極寒の山道。不安が私たちを襲った。
行くも地獄、戻るも地獄。どうせ地獄なら行くしかない。
あまり温かくならないカイロをしゃかしゃか振りながら、再び暗闇の山道を歩いて行った。

~完結編へ続く~

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