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あっこちゃんと珍道中 ⑦ロイヤルカレッジオブアート

あっこちゃんとのイギリス旅行の思い出。

当時、あっこちゃんの同級生がRoyal College of Artに留学していた。「頼まれた物を渡すだけなんだけど、りかよんも行く?」と聞かれた。わたしは嬉々としてついて行った。外国の美術大学なんて、どんなところか見てみたいじゃないの。

学校は近代建築で、思った感じではなかった。もっとこう、ホグワーツ的な重厚なイメージを勝手に思い描いていたのだが。

あっこちゃんの同級生Aさん(仮名)の作品を見せてもらった。2枚の油絵、しかも抽象画を前に、わたしはなんと言っていいかわからず、黙ってじっと絵を見ていた。全体を茶色で塗りつぶしているように見えるが、よく見ると何層にも色の積み重ねが浮き上がってきた。本当に不思議な絵だった。
帰り際、Aさんから「もしよかったら、滞在中にまた遊びにおいでよ」と言われた。わたしは、それが社交辞令だとは見分けがつかない若さだった。

翌日か翌々日かに一人で訪ねて行った。Aさんは嫌がらずに校内を案内してくれて、いろいろな人の作品を見せてくれた。同じアトリエのイギリス人のBさん(仮名)も紹介してくれた。彼女は気さくな人で、人懐こい笑顔が英語を話せないわたしを安心させた。Bさんも課題の油絵を描いていた。

Aさんは「お茶でも飲もうよ」と学生食堂に連れて行ってくれて、わたしは紅茶を飲んだ。「いつもどんなものを食べているんですか」と聞いたらAさんは「そうだねえ。豆ばっかりだね」と答えた。数人の男性の学生がこちらにやってきて「やあ!その子はだれだい?」と聞いたようだった。Aさんが「友だちの友だち」と答えると、彼らは笑いながら何か言って、バイバイと手を振って出て行った。「何て?」と聞いたら「お前は口数が少ないやつだと思っていたが、日本語だったらよく喋るんだな」と言われたらしい。留学生あるあるだ。

わたしはちょっとだけ現地の学生生活を見ることができて嬉しかった。帰国後、お礼の手紙と小さなプレゼントをBさんに送った。しばらくして、手紙が届いた。彼女の作品が2枚同封してあった。小さな銅版画が、あっこちゃんとわたしに1枚ずつ。

それからさらに数年後、あっこちゃんがわざわざイギリスから電話をくれた。「あの版画、まだ持ってる?」ちょっと興奮気味だった。「たぶん、家のどこかにはあると思う」「捨てちゃダメよ!劣化しないように額装した方がいいかも」と言う。「Bさんはこっちのアート界で大注目されてるのよ」と、あっこちゃんの声を遠くに聞きながら、現実味はなかった。

さっき、ググってみた。なんと、Bさんは世界中で注目され、代表作はオークションで4億超で競り落とされている。そしてAさんも、NYと日本を行き来しながら制作を続け、高名な画家になっていた。
この30年近くの間、彼らのことをよく知りも調べもしなかった。そして未だに英語は話せない。教養がない自分を思い知らされる。

(つづく)


(写真はwikipediaから借りてきたものです)


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