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戦争と差別について/喜劇『人類館』2月16日〜21日までYouTubeで無料配信

沖縄に住んでいると1年に一度、惨い戦争の話を耳にする。

それが6月23日、『慰霊の日』と呼ばれる日だ。

慰霊の日にはなんと、学校も沖縄県および沖縄県内の市町村の機関も休みになるのだ。

沖縄戦等の戦没者を追悼する日と定められている日であり、沖縄県および沖縄県内の市町村の機関が休みになる沖縄独自の休日である。

その前後、小学校では『平和講演会』というものが開かれ、沖縄戦・平和について学ぶ。

その話の中で描かれる戦争の世界はとてつもなく惨く、思わず耳を塞ぎたくなるような内容だ。

こんな惨い話を小学1年生が聞くの?!と最初はびっくりしたものの、涙を流しながら子供達は一生懸命耳を傾けている。

そのようにして沖縄では子供たちは最初に、戦争がなぜ起きたのか、ということではなく戦争が起きた結果、どんな恐怖を味わったのか、についてまずは学ぶ。

それはつまり、歯医者が痛くて行きたくないからしっかりと歯磨きをする、ということに似てないだろうか。

小さな時から戦争での恐怖体験を知っていると自ずと戦争は絶対にいやだ、そうならないために何をしたら良いのか、と学びを始めるのではないだろうか。

沖縄と東京の小学校の戦争について聞く機会の違い

私が小学生だった頃、戦争体験者である祖父母に話を聞いてくるように、という宿題が出た。

しかし祖父は話したがらなかった。

思い出すのが辛いから聞かないであげて、と祖母にも言われた。

結局私のその宿題は、祖母の疎開の話だけになった。

学校では何人かの戦争体験者をお招きし話を聞く、という機会も設けられたこともあったが記憶の中では6年間のうち1度きりで終わった。

聞いた戦争の話は惨い体験談などではなく、惨い事実は『火垂るの光』や『はだしのゲン』で知るのだ。

一方、沖縄では慰霊の日に正午に南の方角に向かって黙祷をし、戦没者の霊を慰めると共に世界の恒久平和を願い、祈りをささげる。(引用:琉球ゴールデンキングス

午後のチャイムが鳴ると「今日はお祈りする日だよ」と言い、手を合わすのだ。

沖縄では戦争をリアルな話として子供達が聞く機会が多く、子供達もそれをしっかりと受け止めてて、その表れがこうした行動一つ一つに出ている。

差別について

さて、差別の話である。

差別というものは何なのか。

差別を受けた事があるか、その際どう思ったのか、について考えてみた。

考えた結果、分からなかった。

今考えてみると「あれは差別的だったな」と思うこともあるが、『Black lives matter』を起こした当事者の気持ちには到底及ばないと思ったのだ。

私が沖縄に来たのは9年前。

友達も何もいない中で、一番最初に仲良くなった地元の人が『親富祖愛(おやふそあい)』ちゃんである。

その愛ちゃんが2020年、BLM運動を開始した。

その様子がこちら。

彼女のサイトはこちら

私は彼女がこのような感情を抱いていることを全く知らず、そこではっきりと思ったのだ。

差別は差別を受けた人にしか分からない領域がある、と。

大小限らず差別は差別である。

だけど差別を語るのは非常に難しい。

語れる人がいたとしても先ほどの戦争の話のように、当事者はなかなか口を開きたくないものである。

だからこそ、語ってくれる勇気ある人の言葉に私たちは意識して耳を傾けなければならないと考える。

その意見に反対だろうが賛成だろうが。

どちらの意見だろうが、まずは意識して聞くこと。

それこそが大事なことだと思う。

差別について真剣に考えた結果、そこに繋がったのだ。

沖縄差別『人類館』について

『人類館』というものを聞いたことがあるだろうか。

私は恥ずかしながら、沖縄移住9年目にして初めて耳にした。

『人類館』とはこういうものだ。

1903年に大阪・天王寺で開かれた第5回内国勧業博覧会の「学術人類館」において、アイヌ・台湾高砂族(生蕃)・沖縄県(琉球人)・朝鮮(大韓帝国)・清国・インド・ジャワ・バルガリー(ベンガル)・トルコ・アフリカなど合計32名の人々が、民族衣装姿で一定の区域内に住みながら日常生活を見せる展示を行ったところ、沖縄県と清国が自分たちの展示に抗議し、問題となった事件である。(引用:Wikipedia

沖縄人として大阪博覧会で沖縄の生身の人が展示された事件だ。

生身の人を展示するという、人を人として扱っていない行為が1903年に起きたのだ。

その差別的行為を、歴史に残していかなければならない。

こうした事実を伝え続けなくてはならない、ということで立ち上がったのがAKNプロジェクトの喜劇『人類館』である。

この中にある一文を抜粋したいと思う。

廃藩置県後の沖縄県では、異民族として男女計2人が展示され、差別的な扱いを受けたことに対して反発の声が高まりましたが、その声もまた「沖縄をアイヌや台湾と同一視するな」という差別に基づいたものでした。

そんな『人類館』の事実を、広く多くの人に知ってもらいたいということで毎年公演されるのが喜劇『人類館』。

今年はコロナウィルス感染拡大防止という観点から、オンラインで無料で視聴できるようになっている。

それがこちら。

劇中、途中から惨い戦争の話が出てくる。

その中でかなりインパクトが強いのが、自決のために渡された手榴弾が雨で湿気てしまい使い物にならずに、親戚家族同士でお互いがお互いを手にかけた。中には赤ちゃんもいて、、、という耳を塞ぎたくなるような話だ。

あまりにも惨すぎるのでどんなことが起きたのかはここでは書けない。

けれど、そうした過去が沖縄にはあり、だから沖縄の人は『戦争はだめだ』と繰り返し言っているのだ、と理解できる。

ちなみにその惨い話は先述した小学校の『平和講演会』でも聞く話である。

色々な人から聞くことで特別な事ではなく、多くの人がそうするしかなかったのだ、と自分なりに心に落とす。

戦争で何が起きたのか。沖縄の戦争はどうなっていたのか。

沖縄のおじぃおばぁが抱えてきたこと。

沖縄の人たちがずっと伝えなければいけないと思い語り継いでいること。

それは決して楽な事ではない。

惨いことが起きた過去を語ることほど辛いことはない。

けれど語ってくれる人に対して、興味があろうが無かろうが、まずは耳を傾けてみることが大切なのではないだろうか。

喜劇『人類館』の配信は2月16日(火)正午〜2月21日(日)までYouTubeで無料配信されている。

この機会に観て欲しい。

人類館だけではなく、沖縄で起きた戦争の様子を知ることのできるチャンスだ。

どうか、こうした発信に耳を傾ける人が多くいますように。

読んでいただきありがとうございました。

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