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【045】「ゾウの時間ネズミの時間」と「イノベーションのジレンマ」

1992 年に書かれた「ゾウの時間 ネズミの時間」という、個人的にはエンターテインメントにカテゴライズしたい面白い生物学の本があります。

出版当時にこの本を読んで、勝手ながら世の中の仕組の一部が理解できたような気持ちになったことを覚えています。が、実際に理解できたというのは気のせいで、読むたびに新たな発見のある深い一冊なのです。ゆえにこの本は私の殿堂入りの一冊でもあります。

ざっと概要をまとめると…
哺乳類の心臓の鼓動はどの動物も一生に20億回と決まっています。
そして、心臓の鼓動の間隔だけでなく、呼吸の間隔、腸の煽動する時間、対外から入った異物が排泄されるリズムなどは体が大きくなるほど長くなっていく、つまり体の大きな生き物ほど時間がゆっくり流れているし、小さな生き物はせっかちに生き急いでいるのです。

だから、人間が使っている物理的な時計を中心に考えると、ネズミなどの小さな生き物の一生は短いように感じてしまう。でも、物理的な寿命が短いからといって、一生を生き切った感覚はゾウもネズミも変わらないのではないか、というのがこの本のざっくりとした要約です。

また読みたくなって手に取ったのですが、今回はまた違う着想をもらいました。企業のサイズによる特長も、生物学で説明できるのでは?ということです。

「ゾウの時間 ネズミの時間」の中では、体の大きな生き物の生物学的な優位性をこう解説しています。

体が大きいということは、ちょっとした環境の変化はものともせず、長生きできるということで、体が大きいほど細胞の数も多いので余裕もある。ただしこの安定性がアダとなる場合もある。本来は大きな生き物ほど生存には有利なのだが、大きく変化する環境下においては、世代交代の期間が長く、個体数が少ないため、新たな変異種を生み出すことができずに絶滅するリスクが高い。

かたや、小さな生き物の生物学的な優位性は、変異が起こりやすいこと。
一世代の寿命が短く、個体数も多いので短期間で新しいものが突然変異で生まれてくる可能性が高い。かつ、小さいものほど移動距離が小さく、隣接する仲間からも地理的に隔離されやすいため、新しく変異でつくら得れた集団が独自の発展をとげる可能性が高い。

小さきものは環境の変化にも脆弱だし、どんどん死んでいく一方で、個体数が多く一世代の寿命が短いため、短期間でつぎつぎと変異種を生み出すことができる。新陳代謝のサイクルが短いことが、突然変異によって生き延びる可能性を高めるのであると

まるで、大企業とスタートアップ企業の違いを説明されているようです。

さらに、大きな生物は体表面に対して、体積(栄養素を与えて養う必要がある細胞群=組織や器官)が大きいので、体中のすみずみまで栄養素や酸素を行き渡らせるための、呼吸系、循環系、消化器系という複雑なシステムが必要である。ただし、これらの複雑な機能は小さな生き物(堆積に対する体表面積が大きい)には不要な機能である。

なるほど。
大企業になるとそれを維持するための活動(例えば、情報伝達システム、オペレーションシステム、決済システムなど)が必要で、それに企業活動の大部分が充てられることを想起させます。

ちなみに哺乳類(恒温動物)が、取り込んだエネルギーは、97.5%はその維持機能(呼吸で失われる)に使われて、成長そのものに費やされるエネルギーは2.5%しかないそうです。

対する、変温動物においては、呼吸器系や循環器系などの複雑な身体維持システムが不要なことから、純粋な成長に費やされるエネルギーは21%で、恒温動物よりも成長効率が良いそうです。

複雑なシステムをもつ生き物は、ピュアな価値創造に費やすことができるエネルギーが小さくなるのは生物学的な摂理のようです。

ということは、大企業がイノベーションや新たな事業拡大ではなく、大きくなったその組織を維持するために大部分のエネルギーを投資する必要があること、それゆえに付加価値を生み出す企業活動の方に十分なエネルギーを投資できないということも、実は生物学的に説明できる、あるいは既に説明されていたことなのかも。

そう思うと、「イノベーションのジレンマ」は、生物学的には規定されている大企業の運命に抗いたい人間の抵抗なのかもしれないと思えてきます。

逆に、小さな生物は、ちょっとした環境の変化にも脆弱なのですぐに死んでしまう。あるいは捕食によってどんどん食われる(実際に小さなスタートアップは大企業に食われることが多いので、比喩じゃなく文字通り正しそう)。けれど個体が多いので種としては生存しつづけるという点も、生物学的な説明で十分足りそうです。

では、種を社会、個体を企業としてみた場合、
環境のちょっとした変化には強い大企業と、変化には弱くても個体数が多いので生き残る確率はそこそこ高くかつ破壊的なイノベーションを起こしやすいスタートアップ企業は、自然界のエコシステム同様に、人間界のポートフォリオとして絶妙なバランスを保って共存しているように見えます。

同時に、ゾウやクジラなどの巨大になりすぎた生物は、人間が乱獲するかしないかに関わらず、生物学的には近い将来の絶滅が運命づけられているのだそうです。(そう思うと人間が希少生物を保護する活動も、見方によっては自然の摂理に逆らう傲慢な行為にも見えてきます…)

人間界もこれからはますます変化が激しい時代になっていきます。生物学的にみるならば、巨大になった企業は絶滅する定めにあるのでしょうか。そして雨後の筍のように生まれるスタートアップは、一世代での成功確率は小さいけれど、自らが人柱ならぬ法人柱の一つとなって、突然変異に貢献していくのでしょうか。

そして妄想は止まらないのですが、生物学を極めることによって、この生態系の理解もできるようになるのかもしれず、もう少し生物について学んでみたい欲が湧いてきました。

最後に余談ですが、スキマスイッチの「星のうつわ」の歌詞で
「僕らはどうして どうして 鼓動の数に
限りがあるのを知っていて ムダにしちゃうんだろう」
という歌があるんですが、この曲を聞くと”一生に20億回鼓動する”と書かれたこの「ゾウの時間 ネズミの時間」を思い出します。
一生で20億回と決まっている鼓動の数の浪費だとわかっていても、ドキドキする毎日を生きるほうが、ドキドキを節約して長生きするよりきっと楽しい。だからわたしは、鼓動の数に限りがあっても、ドキドキの多い人生を志向したいです。

※実際にはドキドキによって鼓動が早まる程度では寿命を左右するほどの要因にはならず、誤差なんだと思います。


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