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ハーバードで学生をするということ【最終記事です】

こんにちは。私は2018年8月より渡米、2019年に公衆衛生大学院で疫学修士の学位を取り、2023年12月にPopulation Health Sciences博士と生物統計修士を取り卒業しました。2024年5月の卒業式に出て約5年(間に1年ポスドクをしたので)の学生生活を終えたわけですが、この間色々経験して自分の考えも大きく変わりました。この記事では、日本で働く社会人の方にとって、ハーバード留学が中・長期的にどのようなことを意味するか、完全な私見をまとめてみました。

なお、このnoteではハーバードに大学院留学をするための戦略(https://note.com/rik_harvard/n/n60205ef75472)をメインの記事として、留学にまつわることをつらつら紹介してきましたが、学生という当事者でなくなるため、この記事をラストにします。内容も古くなるため、時間が経ったら適当に順次消していきます。

修士を取ることはカジュアルでよい

「ハーバード留学」とは大層なものに聞こえる人がほとんどだと思いますが、それは学位によります。いわゆる4年制の大学(college)はものすごく狭き門だし、それこそ大層なものです。修士(master of science, MPH, MBAなど)は、多くが1-2年のプログラムであり、倍率も3-5倍程度の学科が多いです。決して狭き門ではありません。

大学院とは、そもそもがキャリアアップのためにあり(米国の場合)、その経験を踏まえて転職や起業、職位アップしたりします。しかも大抵の場合仕事するよりはラクなので、ある程度社会人として働いてから大学院留学するのは割と普通です。以下にメリット・デメリットを紹介しますが、総じて多くの日本で働く社会人にとってはメリットが大きいと思います。人生100年時代、よりカジュアルに修士留学の選択肢を考えてよいと思っています。

修士留学のメリット

メリット1: 米国で暮らせる/ 英語が喋れる
自分のように日本で生まれ育った場合、アメリカで暮らす経験を得るのは、ふつう簡単ではないと思います。英語もできなければ文化も知らないので、相当優秀な人・チャンスを得た人を除いて米国で職を得ることは難しいです。修士留学は米国に入り込むための、現実的な正攻法です。

米国で暮らすことが合うかは人それぞれですが(どこに暮らすかにもよる)、短期間でも日本以外の地に住んだ経験は、多くの人にとってとてもかけがえのないものとなります。移民の国に住む、マイノリティとなることがどのような体験かは、実際にやってみないとわかりません。これもよく言われますが、日本を相対的に見れるようになります。

英語がある程度話せるようになるのも大きなメリットの一つです。私みたいな凡人は、結局日常的に使わない限り習得することはできなかったと思います。AIが発達し全てがグローバル化してきている中、実際に英語を話せることは(いままでより)一層重要なスキルになってきてる気がします。まあ30代がいくらやっても帰国子女のレベルには至りませんが、他の国の移民もそこまで流暢なわけではないし、ある程度意思疎通できればOKだと思ってやっています(研究やる分にはそれで困りませんがビジネスは別かもしれません)。

異国の地に住むメリットは他にもたくさんあり(いかに生活を維持するのか大変か、アマゾンやUberが便利か、お金が大事か知るなど)、これは他の発信者さんを参照ください。なお、もしアメリカが大好きなら、修士をステップとして移住の道を模索することもできますが、修士留学にそんな意気込みは全く必要ありません。「1-2年アメリカに住んでみよう」くらいでチャレンジして全く問題ありません。

メリット2: キャリアを進めながら時間ができる
現地に住む事と同じくらい重要だと思うのは、「自由な時間」ができることです。しかもキャリア中断せずに時間が得られることが、多くの方にとって良い面だと思います。何をするにしても結局仕事や日々のタスクに追われてしまい、一歩踏み出しても続かないのが世の常です。何か新しいことに挑戦するには絶対的に時間が必要で、修士留学はそれを担保できます。

別に起業とか新しい研究とか「大それたこと」でなくてもよく、ある程度社会を経験してから自由な時間を得ること自体が重要な体験だと考えています。SNSなどで発信活動したり、パリピしたり、生成AIで遊んだり、寝たり、運動したり、本読んだり、子供と戯れたり、なんでもいいんだと思います。何もしないで、将来のことをぼんやり考えることもとても大事な気がします。同級生という「話し相手」がいることもとても大きいです。それで大きくキャリアを変える人も結構いたりします。

学位にもよると思いますが、大学院で学ぶことは、修士のレベルでは「専門的な知」とまで言えるレベルにはならないのが普通です(中には例外はいます)。「その分野の基本言語がわかり、その事象を解釈することができる」ようになるためのトレーニング、と言えると思っています。専門家を目指すなら博士課程ですね。ですので、大学院で学ぶこと自体というより、それをこなしながら「自由時間を満喫する」ことが結構本質的な経験でないかと思ったりしています。

メリット3: その他たくさん
有名校卒の学位を得ること、色んな国の友達ができること、その卒業生と繋がれること、OPTで卒後現地で働けることなど、他にも色々ありますが、たぶんそのインパクトは1と2ほどではないので割愛します。

修士留学のデメリット

お金お金お金
大きなデメリットはお金以外ありません。1-2年仕事を中断することは、たぶん多くの場合、キャリア的にそこまで大勢に影響はありません。しかし留学するにあたり、具体的にどのくらいお金がかかるかは、多くの方にとって引っかかる要素でしょう。ただ、考えすぎると腰がひけてしまう(し抜本的な解決策があるわけでもない)ので、ざっくりどういう試算になるか知っておく程度が良いかもしれません。

最近の円安+授業料高騰の影響が大きく、多分直接かかる金額は、1年で1500万円以上になります。こちらでMPHでの見積もりが見れます。実際は、living costがこれより高いので、下手すると2000万近くなってしまう可能性もあります。留学する30歳前後の方にとって、この金額は相当な負担です。しかも「その間働けない」という機会損失にもなることを考えれば、2000万くらいのマイナスとなることは覚悟したほうが良いでしょう。

ですので(自分を含む)多くの方にとって、給付型の奨学金*が取れるかどうかが、留学できるかどうかの決定打となります。大型の奨学金だと、授業料がだいたいカバーされるため、かかるのは生活コストの数百万程度となります。以前マイナスですが、それくらい許容できれば、修士留学は実現できます。なおこの事情が大学院側もわかっているので、奨学金が取れれば多くの場合合格します。結果、大学院というより奨学金での選抜が本質的なセレクションとなっています。
*奨学金でなくとも、前職からのサポートでもOKです

このマイナス分は、アメリカでうまく就職したりキャリアアップすればすぐにペイしますが、日本に戻ってどうかは人や学位次第です。MPHは従来「全く稼げない学位」でしたが、最近は製薬業界で疫学者のニーズがあり、転職がうまくいけば結構稼げるようです*
*ただしアメリカで疫学者として就職するには疫学博士が一般的に必要です

奨学金にチャレンジして修士留学をしよう

修士留学のネックはお金です。これを奨学金や前職からのサポートでクリアできれば、どんどんカジュアルにチャレンジすべきです。日本国内だけでは得難い経験があります。

といっても、奨学金にチャレンジするには、留学に向けて準備し始める必要があります(SOPやTOEFLなど)。これも働きながらでは結構大変ですが、みんな状況は同じです。ちょっとでも興味がでてきたら、ぜひ調べてみて、動き始めてください。大学院については、他国と比較し日本からの留学が少ないため、日本人はかなり合格しやすいです(中国やインドからの留学は修羅の道です)。修士留学でも、学生ビザが5年おります(たぶん最も長いです)。日本という国に生まれたアドバンテージを活かし、ぜひカジュアルに修士留学してもらえたらと思います。

博士を取ることは人生が変わる

修士を取ることと、博士を取ることは、かなり意味合いが異なります。時間のコミットメントだけでも、1-2年の修士と比較し、修士+博士となるとふつう5-6年かかります。その分、米国で博士をということは、その分野の専門家になるということであり、しっかりとしたトレーニングが受けられます。(特に社会人を経験してからの)2, 30代の5年間を博士課程学生をすると、考え方や人生も大きく変わります。完全に私見ですが、博士課程とはどのようなものか、それを経てどんな変化があるか、参考までにどうぞ。

博士の特徴1: 厳しいセレクションがある

米国の博士の待遇は、給料が出たり保険が無料だったり、概してかなり恵まれています(学校やプログラムにもよります)。大学としても良い人材を育成すること、よい研究をしてもらうことに多くのリソースを割きます。留学生からすると、米国で博士を取ると、就職やグリーンカード取得にかなり有利になったりと、メリットがたくさんあります。結果、博士に入るのはとても倍率が高いです(その戦略をまとめるのが一連のnoteの大きな目的でした。具体的にはこちらを参照ください)。

さて、厳しいセレクションを無事クリアしたとします。すると、大学院やメンターからも大事に扱われ、自分もteaching assistantなどをこなし、より「大学院の一部となっている」気持ちが強くなります。修士の頃と比較しお金の面もかなり優遇され、愛校心が育まれます。アカデミックにも、プチ成功体験を多く経験します(よい雑誌にpublishする、awardを得るなど)。

言い方を選ばなければ、厳しいセレクションを経て、大学院のいちメンバーとなったことで、選民意識が醸成され得ます(繰り返しですが、たぶん学校によります)。それが悪いかどうかは置いておいて、そういうある種「閉じた」環境であるということです。

また、厳しいセレクションを経たからといって、所詮は学生です。学生でできることは限られており、そこにストレスを感じる人も一定数います。

博士の特徴2: もとのキャリアには戻らない

社会人を経た場合、常にもとのキャリアにもどることは選択肢の一つかと思います。しかし、博士課程で5-6年ブランクとなること、大学院で新しい世界を色々知ることなどから、もとのキャリアに戻る人はほとんどいません(みたことありません)。ですので、(社会人を経て)米国博士課程に入る=キャリアを変える、と一般的に言えそうです。

驚くなかれ、私の学部(Population Health Sciences)では、卒業後ほとんどの人がアカデミアに残ります。つまりポスドクになるということです。当然ハーバードが優秀な研究者を輩出することを目標としていることは大きな要素で、自然とアカデミアに残りたい気持ちになります。また、企業研究者となるにしても、assistant professorなどのアカデミックポストを経てからの就職の方が給与が高くなることも普通にあります。よくある例外は起業することで、アメリカで起業した場合はほぼ例外なくフルコミットすることとなります。

もとのキャリアに戻らない点、ほとんどがアカデミアに残る点は、修士の場合と決定的に異なります。ですので、当然のように聞こえるかもしれませんが、研究を続けたい人にとってこそ、博士はよい選択肢かと思います。うまくキャリアアップをしたい方にとっては、博士は必須でないし、その時間的コストに見合わないかもしれません。

博士の特徴3: やっぱり時間はある

所詮は学生なので、やっぱり時間はあります。これは修士の項でも触れた通り、多くの方にとってとても良いことです。ただ博士課程の場合、時間がある状況に慣れすぎてしまう面はあり、これがよいことかはまだ不明です。

たとえば臨床医だったころは、必ず7時過ぎには病院にいき、真夜中まで勤務し、当直やオンコールもする生活でした。これが、学生をしている限りは、別に授業がなければ学校に行く必要すらなし(研究の形態にもよります)、当直は当然なし、夏は3ヶ月休み、が当たり前になります。自分は色々あって忙しくしていましたが、だらける人は本当にだらけています(それが良いか悪いかはおいておいて)。人によっては、再度フルタイムで働くことが高いハードルとなり得ます。

一方、研究をするには、やっぱり自由な時間が必要にも思います。寝不足だと研究ははかどりません。しっかり寝て、ぶらぶら考えて、ときどき狂ったように作業するのが研究者のライフスタイルのような気もするので、その意味で博士課程の生活は理にかなってるとも言えます。

米国のアカデミアを目指すなら博士課程

米国のアカデミアでやっていくには、当たり前ながら、米国の博士課程はかなり強力なスタートアップです。日本で博士課程をやってポスドクで渡米する方もたくさんいますが、目指す先が米国のアカデミアの場合、かなり不利です。博士課程を目指すべきかどうかは、米国で研究を続けたいかという質問に置き換えても、そこまで間違っていないと思います。

もちろん博士課程もさまざまななので一概には言えず、何度も繰り返しますがこれは私の経験に基づくものです。

さいごに

自分の経験をいろいろと一般化しようと思って書いてきましたが、たぶんそんなに上手くできてない気がしています。その一つには、生き方ってすごく多様であることが、留学を通じてようやくわかったことがあります。日本にいると、なかなか多様な働き方・生き方を「具体的に」想像するのが難しいかもしれません(自分はそうでした)。数年留学して、色んな人が色んなことをしていることを知り、「こういう経験したからこうだろう」と推測することが難しいことがわかりました。だからこそキャリアや働き方にこだわらなくなったし、色んなことに挑戦する気にもなれました。

もし自分の生き方に自由度がないと感じている方がいたら、米国留学は人生について考えるよいきっかけとなるかもしれません。別に留学しなくとも、優秀な方は他の方法で解決することができると思います。ただ、留学が一つ考える契機になることは、たぶん間違いありません。この記事を読んで、「思ったより米国留学って大それた事ではないんだ」と思っていただけたら嬉しいです。

さいごに、もしハーバード留学に興味をもたれたら、私の他のnote記事だけでなく他の方の書籍も読み、色々調べていただけたらと思います。経験をどう感じるかは人それぞれです。

ではまた!


海外大学院留学が、少しでも多くの方の選択肢となるよう、具体的な情報を発信していきます。宜しくお願い致します!