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悲しきガストロノームの夢想(62)「鱧の箱寿司と焼き鱧」

 祇園祭のことを鱧祭と呼ぶらしいというのは子供の頃から知ってはいましたが、わざわざ鱧祭と呼ぶことはありまけんでした。ただ、祇園祭が始まる7月は瀬戸内海で獲れた鱧が最盛期になることもあり、鱧を食べる機会が多かったようです。
 京都で有名な料理として鱧が取り上げられることが多いようですが、京都の庶民にとって鱧を使った料理は、1970年ごろまでは鱧の箱寿司か焼き鱧(鱧の照り焼き)だったと思います。旅行ガイド情報だと、梅肉をのせた鱧の湯引きが定番のようですが、私の記憶では、あれは割烹料理屋さんなどのメニューで、家で食べた記憶がありません。
 先ずは、鱧の箱寿司です。押し寿司用の木枠に寿司米を詰め、その上にミンチ状にした鱧の身を乗せ、ギュッと押します。木枠から取り出した長方形の鱧の身を乗せた押し寿司の上に甘だれを塗って完成です。京都の実家ではよく作ったものですし、近所のお寿司屋さんこら出前をとると、必ずこの鱧の箱寿司が入っていたものです。この鱧の箱寿司がいつから京都の庶民の味覚になったのかは分かりませんが、おそらく、売り物にならない焼き鱧の身をミンチ状にして美味しく食べようと考えた方がいたのだと思います。
 そして、焼き鱧です。商店街の魚屋さんに行くと、冬はセコガニ(松葉ガニのメス)が、夏は焼き鱧が、その店頭に並んでおり、京都の庶民の味覚だったと思います。ちなみに秋は松茸が八百屋さんの店頭に並び、すき焼きには大量の松茸を入れて食べていました。確か、椎茸よりも安かった1960年代でした。焼き鱧は、その名の通り焼いた鱧を半身ぐらいの大きさで売っていました。甘みを抑えたタレが塗られたものと、素焼きのものがあったはずです。日常の食卓によく上っていたので、価格もそんなには高いものではなかったかと思います。
 夏場に京都に帰ることがあると、昔ながらの商店街の魚屋さんを覗くのが楽しみで、今でもまだ、鉄串が刺されたままの焼き鱧が並んでいると笑顔になってしまいます。但し、価格は庶民の手に出るものではなくなってしまったようです。そして、鱧の箱寿司です。ミンチ状になった鱧の箱寿司を探してもなかなか見つかりません。京都駅で売られているものは、ミンチ状ではなく焼いた鱧を乗せているものばかりのようです。唯一、西大路七条の交差点あたりに本店がある「笹寿司伍十」さんでは昔ながらの鱧の箱寿司を売っているのを知り、京都駅にあるお弁当コーナーで入手するようにしています。
 7月になると祇園祭が始まり、私の味覚の記憶が「鱧が食べたい!」と目を覚ましますが、普段の生活で焼き鱧に出会えぬ東京では、叶わぬ夢ですね。我慢、我慢。中嶋雷太

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