見出し画像

翼~ダーク恋愛ファンタジー

 ダークな恋愛短編ファンタジー。
 眠っていた最中に、夢の中に降りてきた作品。
 作品から出して出してとせっつかれて、形にしました。

 人の心には、ダークな部分があります。
 こういう作品を、たまには読むのもいいですよ。

 読むことでダークな部分を昇華していくと、バランスがとれてきます。

 私はもともとHSPでアダルトチルドレンで育ったわりに、精神がかなり安定しています。
 訓練してきたのもありますが、作品を作ったり発信して昇華していることも大きいです。

 読むことでセラピーになるのが、物語セラピー。

        翼


        1


 人には、それぞれ強みがある。

 自分にとって必要な本が本屋の棚で光って見えるとか、暗算が瞬時にできるとか、絵がすばらしくうまいとか、おいしいスイカが触っただけでわかるとか。

 そしておれは、人の翼が見えた。
 翼は、全員にあるわけじゃない。
 100人に1人くらいの割合で、背中に翼が生えている。

 女もいるし男もいる。
 子どももいるし、若い子、中年、老人にもいる。

 子どものほうが生き生きとした翼で、年を経るごとに曲がったり折れたり、縮んだりする。
 老人になると、ほとんどちぎれていることが多い。

 人間として生きているけれど、きっと妖精のようなもので、人間社会では生きづらいのだろうとおれは思っている。

 本人たちは、翼が生えているなんて思ってもいない。
 まして妖精だなんてみじんも思っていない。
 普通の人間だと思っている。

 まあ、普通の人間かもしれないが。
 翼がある以外は。

 ちなみにおれには、翼は生えていない。
 100人中99人の人間だ。


        2


 彼女が教室に入ってきたとたん、おれははっと息をのんだ。

 空色と瑠璃色を混ぜて、光のかけらをまとったような翼。
 これまでたくさんの翼を見てきたけれど、これほど美しい翼を見たのは32歳の生涯で初めてだった。

 おれは、ため息をついた。
 彼女が、これまでひどく痛めつけられてきたことがわかるからだ。

 美しい翼は、背中でくしゃっとひしゃげていた。

 おれは、若手書道家として名が売れてきていた。
 今流行の、バケツに墨を入れ、大きな筆を持ち、立って書きつけるパフォーマンス系の書道家だ。

 教室も盛況で、100人くらいの生徒がいる。
 そこへ、彼女が入ってきたのだ。

 24歳。
 OL。

 名前は、瑠璃。
 ぴったりの名前だ。
 親は翼が見えなくても、何か感じたのかもしれない。

 瑠璃はその翼と同じく、容姿も美しかった。
 おれの書道教室はおれのファンが多く、女性がほとんどだ。
 
 容姿が美しい女性の場合、女性の多い集団に入ると、2通りの扱われ方がある。
 一つは、ボス的な位置、もしくはナンバー2としての位置。
 もう一つは、やっかみでいじめられるパターンだ。

 この教室の場合は、独身のおれをねらっている女性がほとんどで、
 若く美しい新参者の瑠璃は後者になった。

 外向型でずうずうしければ新参者でも上りつめるが、瑠璃は内向型で繊細だった。
 瑠璃は、いつも泣きそうな顔をしながらあいそ笑いをしていた。

 ああだめだだめだ、そんなことをすればなおさら踏みにじられる。
 ほら、ずうずうしい女たちが瑠璃を追いだそうとやっきになっているじゃないか。
 
 おれは、みんなにわからないようにメールで彼女をお茶に誘った。


        3

 

画像1


 教室の生徒たちとかちあわないように、教室から遠くの街にあるカフェで待ち合わせた。
 落ちついた店内に、クラシックが静かに流れていた。

「教室内の人間関係で、悩んでますよね」

 自分で言うのもなんだが、おれは心理誘導がうまい。
 かなり勉強したのだ。
 カウンセラーとしてもやっていける自信がある。

 話を聞きはじめて1時間後、瑠璃はぽろりと泣いた。
 こういう時は、たいてい男だ。

「プライベートでも、何か悩みがありますよね」

 瑠璃は驚いたように、大きな瞳でおれをみつめた。
 あんのじょう、同棲している彼からきついモラハラを受けていた。

 この空色と瑠璃色を混ぜたような美しい翼を、ここまでひしゃげさせている原因だ。

 もちろん、それだけじゃないだろう。
 今教室でいじめにあっているように、瑠璃は子どもの頃からいじめられていたに違いない。

 そしてさらに、
「お父さん、厳しかったんじゃないですか?」
 瑠璃は、大きな瞳をさらに大きくさせた。

「どうしてわかるんですか?」
 翼がそこまでひしゃげているからね、とは言えず、おれはただ微笑んだ。

 瑠璃は、ずっと1人で我慢していたのだろう。
 うちあける女友だちにもめぐまれずに。
 せきを切ったように話し始めた。

 弁護士の父親がとても厳しいこと。
 兄もかなり厳しくされ、父の望んだ大学に入れず、1浪してそこそこの大学に入ったが、3年生の時に行方がわからなくなってしまったこと。

 その後、自分に期待されたが、父が望んだ大学にはやはり入れなかった。
 兄が入った大学に入り、卒業後、そこそこ大きな会社に入社した。
 同棲している彼は、会社の先輩だった。

「残業も多くてへとへとになって帰るんだけれど、彼の仕事はもっと大変で。
 家に帰った時、きれいになっていないと怒られてしまって。

 食事は夜は外で食べてくるからいいんですが、朝はお味噌汁やら何やらきちんとしていないときげんが悪くなって。

 女なのに、なんでちゃんとできないのかって、怒られるんです」

 典型的なモラハラだ。
 
 瑠璃の父親もモラハラだった。
 瑠璃のように父親がモラハラだと、それがふつうで育ってしまう。
 優しい父親のもとで育った女が耐えられないところを、ふつうだと思ってしまう。

 ふつうに耐えてしまうから、モラハラ男はさらに図にのる。
 モラハラ男は、相手がモラハラに耐えられる女かどうか見抜くのがうまい。

 まるで、蜜をかぎつけるハチのように必ずみつける。
 そうして好みの女なら、決して逃さない。

 今の彼氏は、3人目だという。
 前の2人は、相手に好きな人ができて別れている。

 なんでも言うことをきく瑠璃はつごうがいいが、あきられるのだ。
 モラハラ男というのは、かってなのだ。
 それでもなかには二股三股四股をする男もいるから、まだましだったのかもしれない。

 おれは、瑠璃の話をずっと聞いた。
 そして2時間たった時、言った。

「瑠璃ちゃんは、何も悪くないよ」


            4


 おれは10日に1回の割合で、そうやって瑠璃に会って話を聞いた。
 そして最後に言った。

「瑠理ちゃんは、何も悪くないよ」

 そんなことを4ヶ月もくりかえしていると、瑠璃のくしゃっとまるまった背中の羽根が、少しずつ伸ばされてきた。
 透明な空色と瑠璃色が、きらきらと輝いている。

 おれはその美しさに、ぞくぞくした。
 他のやつらは瑠璃のつやのある肌に目をみはっていたが、そんなものは翼の美しさにくらべたらどうでもいいものだ。

「聖也さん、どうしてそんなに優しいんですか?」
 大きな瞳で、まっすぐに聞いてくる。

 瑠璃のこういうところは、他の女からするとあざとく感じられるだろう。
 瑠璃は、一人で立つ力がない。

 だから、モラハラの父親に愛されようとする。
 モラハラの恋人に愛されようとする。

 それは、つらさと甘えの混在したもろさなのだ。
 もろさは、ずるさをはらむ。
 女たちが瑠璃を目の敵にするのは、ある意味正しくもある。

 瑠璃はおれにひかれながらも、確かなものがないから恋人から離れられない。
 一方で、おれに会い続ける。
 ずるさを、被害者という立場で隠しながら。


           

画像2

 半年が過ぎ、秋から冬になり春になろうとしていた。
 カフェを出て、花があちこちで咲き始めた公園を歩きながら、おれは瑠璃に言った。

「瑠理ちゃん、もういいでしょ。
 おれのもとにおいでよ」

 瑠璃がおれをみつめて、大きくうなずいた。

 瑠璃を抱きしめると、愛される安心感で、瑠璃の翼がついにぴんと伸びた。
 ああ、なんて美しいんだ。

 これだ、この美しい翼。
 この究極の美しさを、おれは見たかったんだ。
 空色と瑠璃色が、すぐそこで輝いている。

 おれはその翼に、手を伸ばした。
 翼に触れたその時、瑠璃が言った。

「もう彼とは、冬に別れてるの。
 聖也さんのことが好きになったから。
 でも聖也さんに会いたくて、言えなかった」

 瑠璃が、まっすぐにおれを見た。

「実家にも帰らないで、今、一人で暮らしてるの。
 私、書道を本気でやる。
 私の生きる道にする」

 どういうことだ。
 いつのまに瑠璃は、こんなに強くなったのか。

「聖也さんのおかげ。
 私のこと、ずっと肯定してくれたから」

 瑠璃の瞳に、もろさはなかった。
 ずるさはなかった。

 翼は、今にも空に向かって飛びたとうとしていた。

*他のファンタジー小説や「無意識からの言葉」(一斉遠隔気功つき)・カード引きなど盛りだくさんのお得なおまとめプランはこちら

ここから先は

1,649字 / 3画像

¥ 700

お気持ちが嬉しいです。そのお気持ちで、また頑張って発信クリエイトしようって思えます。私の発信クリエイトが、あなたの人生を少しでも良くしてくれたら嬉しいです。みんなで良いことが循環していったら、楽しいよね(๑˃̵ᴗ˂̵) みんなごきげんでいこ♡