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「幸せな子」を育てるのではなく

「幸せな子」を育てるのではなく、どんな境遇におかれても「幸せになれる子」を育てたい。 ー上皇后美智子様ー


私は、母との関係がうまくっていない時期がありました。

きっかけは、自分の感情に向き合い出したこと。


自分の内面に意識を向けてみてわかったのです。幼少期からの孤独感が心にはちきれんばかりにたくさんたまっていたことに。そしてそれが私が長年生きづらかった原因になっていました。

それがわかった時に、孤独感を感じる原因だった(と私が思っていた)母への大きな怒りにも気づきました。


そこから母を責めることになり、母もそんな私を受け入れられず、すぐに喧嘩になる・・・という時期が何年も続きました。


私は母に対して、「大切なことが何もわかってない!」と思っていました。

でも、たくさん私にエネルギーを注いでくれてきた母に、ネガティブな感情を持ち続けたくないしぶつけたくない。母の子どもに生まれてよかった!と思えるようになりたい。と思い、必死に自分の感情に向き合いました。


そして、自分にとって大切なことと、母にとって大切なことは違うけど、母はちゃんと私を愛してくれていたんだと思えたとき(結局、大元は母に愛されていないのではないかという孤独感だったんです)、ぴったりのタイミングで母から言われました。


「お母さんは、リエちゃんが幸せで、嫌な思いをしないよう、苦しいことがないようにと願って育ててきたけど、そのことが違ったんだよね。
嫌なことを体験したから、同じような人の気持ちがわかったりして、思いやりのある人になれるんだよね。」


母だからといって、完璧を求めるのはおかしかった。母だって成長途中なのだと気づきました。


そして、ただ嫌のことがなければいい、毎日笑顔で幸せだね〜といって過ごせればいいだけじゃない。どんな状況でも幸せをしっかり感じ取れることの方が大切だ(私は母の愛を感じられなかったわけなので)。もっと深い幸せの形があることが深く身にしみました。

そして、今になってこの体験は、私自身の二人の娘の子育てにも深く影響していたことに気づきました。


「幸せな子」を育てるのではなく、どんな境遇におかれても「幸せになれる子」を育てたい。 ー上皇后美智子様ー


なので美智子様のこの言葉に出会ったときには、母とのことを思い出し、潜在的に私の子育ての大きなコンセプトにもなっていたことも自覚できて、涙が止まりませんでした。


あなたはこの言葉で、何を思いましたか?




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