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ブータン全中学生に経済学の科目は必要か (1)

ある朝学校に着くと同時に、副校長先生が血相を変えて迫ってきた。「今年からクラス9全員経済学が必修科目になるらしいのです。」ブータンでは左から右、右から左の方針転換がたまに爆弾の様に突然降ってきて、現場は大騒ぎとなるのだが、これは又新たな一発である。
 
「どこからの情報?」と、私はいつも尋ねる。噂が先行するこの国では、事実とは異なる事がまことしやかに話される事が多いので、私はいつもその情報の出所を確認する。「他校からの情報で、もうその準備を始めているらしいです。」「じゃ、学校にクラス9の経済学の教科書があるかどうか確認して。」と、先ずはそこから始める。例年の学校開始時期は2月だが、今年はコロナの関係で全国統一試験が延期となり、4月に入って、中学部はやっと開校となった。学校が始まって1週間後にこのニュースである。
 
それと同時に、教育省のカリキュラム課の長に事務の方から電話をしてもらい、事実を確かめてもらう。
 
ぺルキルスクールは私立の学校だが、今年は中学部から本格的に農業を取り入れる事にした。理由は二つ。ブータンの食糧事情の現実を子供達が理解し、汗を流し食べ物を育てるという実践教育を現場に持ち込む事。ブータンの首都ティンプーに住む子供達の殆どはアパートに住み、土に触る機会が遠のいているのが私の懸念なので、この選択科目には意味があると私は思っている。
 
教育省のカリキュラム課の返事は、「90%決定であり、通達がもうすぐ各学校に届く」という事。いやいや、先生方は昨年から全ての準備をし、学校開校の前にぺルキルでは年間計画まで終了させているので、学校が始まってからこういう方針転換が発表されても困るのである。
想像していたが学校には教科書さえもなく、他校も噂は既に広まっており、教科書が全員にはない、という状況。事務の方や先生方のネットワークを使い、教科書探しは他県にまで及んだ。
 
普通の校長ならこのまま準備をしながら、静かにお達しが届くのを待つのだろうが、私は静かにいつもの戦闘モードに入った。「さぁ、これからが本当の闘いだ。」先ずは作戦を立てねば、、、と静かに机に向かい、作戦を考え始めた。
 
もっと情報を入れよう。誰がその決定に関わり、どういった意図があったのか。選択科目の廃止が決定されれば、その科目を現在教えている先生方は公立では必要なくなる。それと同時に経済学を教える先生方は足りなくなる。公立の学校はどう考えているのか、そしてどういった対処を打ち出そうとしているのか。
 
現在ブータンの中学部では、経済学、農業学、環境学、メディア学、コンピュータがクラス10にある全国統一試験の選択科目となっており、この中から一つの科目をクラス9から選択し、2年間かけて勉強し、試験に臨む。昨年教育省からのお達しでコンピューターがクラスプレ・プライマリーからクラス10までの必須科目の一つとして決定し、来年から全国統一試験での必須科目となる事が決定された。経済学が必須科目となれば、残りの3科目は無くなる。
 
今回の教育省の新しい方針に対して、公立の校長先生方は何も言わない。全国の校長が一言も声を上げない事実に私は正直驚いた。ネットでも全く話題にさえなっていない。
 
ブータンでは全国統一試験と評価を担う、通称ビックシー(BCSEA)と呼ばれる評議会の組織がある。そこの組織はどう考えているのだろうか?先生方のネットワークを使い尋ねてみると、「経済学と環境学の必須科目が決定」との事。ん、ちょっと待て。情報が100%合致していない。という事は、これは100%の決定ではまだない。それなら覆せるかもしれない。
 
よし、動くぞ。そして私はある省に電話をかけた。(続く)
 

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