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小説 「シャークス・ラブ」 VOL.21

村上が自身の部屋で、鉛筆を持ち、机の上に広げたノートを睨んでいる。ノートには白い空間が無限に広がり、村上はそれを見つめただけで目眩が起きそうになっていた。

背後のベッドに座り、本を読んでいたまなが「そう言えば、この前の水曜って何してたの?」と不意に声をかけた。

水曜は葵と会っていた日だとすぐに察したが、動揺を隠すように聞こえない振りをする。

「電話全然出なかったでしょ?」
「ん? なに? 集中してた」と村上は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のマーティの父親の様に惚けた態度をとる。

「水曜。仕事だったの?」まなが本を置き、尋ねた。
「あ、そう。仕事だ。今台本書いてて、気づかなかったよ」

村上は真っ白なノートを覆い隠すように掌を乗せる。そんな村上をまなはじっと見つめ「嘘ついてるでしょ?」と唐突に問い詰めた。

「な、何を根拠にそんなこと言うんだ?」精一杯平成を取り繕う村上に対しまなが平然と答える。
「鼻」
「鼻? 鼻がどうしたって言うんだ?」
「広がってるよ、鼻」
村上は椅子をくるりと回転させ、まなに向く。
「鼻が広がってるとなんだって言うんだ?」
「指摘されたこと無いんだね。嘘つく時、いつも鼻が広がってるよ」

村上は慌てて鼻を押さえ確認する。鼻は確かに広がっていた。葵から指摘された目の件といい、今回の鼻の件といい、つくづく自身の表情に心情が現れる癖を恨んだが、なんとか誤魔化そうとすぐに気持ちを切り替えた。

「たまたまだ」
「違うよ。この前、冷蔵庫に入れといたアイス食べちゃった時も同じ顔してたもん。水曜、本当は何してたの?」

まなは無言で村上をじっと見つめる。村上は思わず目を逸らし「何も無いものは、言いようが無い。台本を書いてて忙しかった。ただそれだけだ」と言い、見つめ返した。まなは村上の額から流れる一粒の汗を見ると「そんなに言いたくないなら、もういいよ。帰る」と言い放ち、部屋を出ていった。

村上はまた真っ白な紙を見つめると、鉛筆で円をぐちゃぐちゃに書き散らし、頭を抱え「くそ…」と呟いた。

つづく

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