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タンゴを踊る女たち【3】

「どうしてタンゴを踊りはじめたのですか?」
 いつのころからか訊くようになったこの質問は、今まで訪ねた多くのミロンガタンゴを踊る場所で、驚くような物語の数々を私にもたらしてくれました。

 人生の数だけ物語がある、というのは本当で、様々な場所で様々な生き方をしてきた人の口から語られるストーリーは、よくあることであっても感動的で、信じられないようなことであっても信じたくなってしまうような存在感がありました。今では、私がミロンガに行くのは、踊りたいから、より、人の話を聞きたいから、と言ってもいいくらいです。

 ふらりと訪れたミロンガ、誰も知り合いはいないけれど、空いた椅子を見つけて座り、踊っている人たちをみたり、音楽を聴いたり。踊ったり、バーに飲み物を取りに行ったり、化粧室に行ったり。誰かと知り合いになろうと思っているわけでもなく、でも出会いを拒否するわけでもない、そんな時間の中で、その瞬間は自然にやってきます。...…あの、こんなこと訊いて藪から棒ですが、どうしてタンゴを踊りはじめたんですか?

 答えは一言の時もあれば、何世代にもわたるライフストーリーのこともありました。この人の中にこんな物語があったんだ、と思わず顔を見なおした人たちは、ごく普通のお母さんだったり、悠々自適のシルバー世代だったり、お堅い会社にお勤めの会社員だったり、大きな手の酪農家さんだったり、家族を介護するオーナー社長さんだったり、今日来たばかりの観光客だったり。街ですれ違っていても彼らのストーリーにはきっと気づかない。今日ここミロンガにこなかったら、この話は聞けなかった...…。タンゴの魔法としか言いようのない話の数々を想い出しながら、私は思うのです――こういう人だからタンゴを踊る、ではなく、誰でもいつかはタンゴを踊るかもしれない、なんだな、と。

 だから、もし機会があったらミロンガを訪ねてみてください。そこで無心に踊る人達に、目を引く技量や容姿はないかもしれない。その熱心さが少し滑稽に見えるかもしれない。でもその人たちの中には、きっとびっくりするような物語が潜んでいるのです。ブエノスアイレスでなくても、アルゼンチンでなくても、結構いろいろなところにミロンガはあるものです。思いもかけない街の片隅で見つけたミロンガ、どうしてこんなところでミロンガがあるんだろう、ってこと自体が、もうすでに面白いストーリーへの入り口になってるじゃないですか。

(タイトル写真 by Preillumination SeTh

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