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物事には全て「意味がある」と言えばそうだし「意味がない」と言えばそうだ。

 実は昨夜ギリギリセーフでこのnoteを更新してから(ポストマンボウのライブが初だったので「あれっ、ライブが終わった時間ってこんなに遅かったっけ?」なんて終演後正直ビックリしたりしていた)、こんなに綱渡りしてまでこのnoteを毎日更新する意味があるのかな、とか正直少し思っていた。なのだがこの徒然な僕のnoteの毎日更新を楽しみにして下さっているとのコメントを頂いて、非常に勇気が出た。それとnoteって良いねし辛いのか、あまり良いね数が伸びないなと思っていたら、先日偶然1日何人ぐらいのかたがこのnoteを見ているかを見るインサイトを発見して、実はブログとあまり変わらないぐらい多くの皆さんが読んでくださっているのが分かり、正直ビックリした。

 つまりこのnoteを続けることにも「意味があると言えばある」し「無いと言えば無い」。昔何かで読んだ「物事はただ起こる、そこに意味はない。そこに意味を付けているのは我々人間」と言う言葉があった。それならどんなにトホホな事でも「**を学ぶために神様がその出来事を起こしてくれたのだ。ありがたや、何とラッキーな!」とひたすら感謝してポジティブな意味付けをしてどんどん学んで行きたいな、とは思う。

 引退後の元ボクシング・チャンピオン、マイク・タイソン氏が「感謝は最強の武器だ」と語っていたことはまた別の機会に掘り下げたいのだが、結局一見意味の無さそうな事を淡々と続けられた人だけが、その「よくわからないルーティン」にポジティブな意味付けをする事が出来る域に到達できるのかもしれない。

 残念ながら昨日はインスタは昨日中に写真をあげられなかったし、そのルーティンを開始してから初めて「玄関のタタキとドア、トイレを雑巾で掃除する」と言う習慣をサボってしまった。

 まあでも、数日前にはビールをしこたま飲むという「グルテンフリーのチートデー」も過ごした。こうして何回も自分との約束をあっさり破ったりしながら、それでも完全主義に陥って全てを投げ出したりは決してせず、今後も「完璧を目指す不完全な自分」として、そこから不完全主義者らしくまたゼロから再び次のトライを再開できる人間であれたら嬉しいな、と思っているんである。

*ボーカルやベースの教則本を書かせて頂いております。リンクをご覧の皆さん、ありがとうございます!!!

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