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彼女の面白さを独り占めしたい『成瀬は天下を取りにいく』読書感想

まず、『成瀬は天下を取りにいく』ってタイトルが凄くないですか?
本屋の新刊コーナーにそのタイトルを目にした私は、反射的に本を持ってレジに突入しました。

『○○は天下をとりにいく』○○に入る名前は織田とか徳川とかの偉人を入れるのにぴったりで、歴史小説にありそうなタイトルですがそこに入っている苗字は成瀬。そして表紙に描かれている成瀬らしき少女は何故か西武ライオンズのユニフォームを纏いどこか遠くを見ている。
「一体成瀬って何者なんだ……」と思いながら家に帰り、即読みしました。
この本は、帯にもある通り『かつてなく、最高の主人公、現る!』と成瀬あかりの魅力がたっぷり描かれています。同時に成瀬が住んでいる滋賀県の魅力がたっぷり詰まった作品でもあり、全体的に非常に読み心地が良く、内容もめちゃめちゃ面白いです。
物語の設定時代的に世間的に、青春小説の名作の中に新たに1作品加わったと思いました。
今回はそんな主人公成瀬あかりを中心に語りたいと思います。

〈あらすじ~公式HPより〉

成瀬は天下を取りにいく
宮島未奈/著
中2の夏休みの始まりに、幼馴染の成瀬がまた変なことを言い出した。コロナ禍、閉店を控える西武大津店に毎日通い、中継に映るというのだが……。さらにはM-1に挑み、実験のため坊主頭にし、二百歳まで生きると堂々宣言。今日も全力で我が道を突き進む成瀬から、誰もが目を離せない! 話題沸騰、圧巻のデビュー作。
新潮社HPより https://www.shinchosha.co.jp/book/354951/

〈印象的なはじまり〉
「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」
物語のはじまりはこの一文から始まります。島崎とは成瀬と同じ中学に通い、同じマンションに住む成瀬あかり史を見届ける少女であり、彼女と一緒に西武に夏を捧げたり、M-1グランプリに出場するなど彼女に振り回され続けます。
最初の一文で私だけではなく他の人も『西武』というのはプロ野球チーム『埼玉西武ライオンズ』のことで(表紙も思いっきりライオンズのユニを着ているし)成瀬が西武ライオンズを推す話だろうと推察するでしょう。
しかし、『西武』というのは実際に滋賀県大津市にあり2020年の夏に閉店をした『西武百貨店大津店』のことだったのです。
閉店する百貨店に夏を捧げる少女を描くという作者の着眼点が斬新です。

成瀬は島崎に夏休みの間、地元のローカルテレビに閉店する西武百貨店の様子が毎日中継されていて、その中継に自分が毎日写り込むから見ていて欲しいと頼みます。もうお分かりだと思いますが成瀬や島崎が棲む物語世界と現実世界がリンクして物語が進んでいます。
成瀬は有言実行通り毎日西武百貨店に通いテレビに映り込むことで不審者として怪しまれつつも、他の常連さんと仲良くなりライオンズグッズを成瀬にあげる人や、SNSで成瀬の存在に注目してくれる人が現れます。
成瀬を魅力的に描きながら成瀬に直接的に、間接的に関わった人々が共鳴するかのように変化し始める様子が面白いです。
そんな誰にも行動を予想できない主人公成瀬あかりを、第一章と第二章は既に紹介した島崎が、第三章では滋賀に住む会社員敬太がetc……と様々な語り手から成瀬あかりの行動が語られます。

〈成瀬あかりについて〉ここからネタバレがあります。


成瀬あかりとは結局何者なのか、、冒頭の島崎が語る成瀬の紹介をかいつまむとこんな感じです。
成績優秀で、一人で何でも出来るため他人を寄せ付けない。
二百歳まで生きることを人生の大目標に掲げており、シャボン玉を極めると宣言すると、テレビに出られるほどの実力まで至り注目を浴びる。
しかし、その規格外の存在から中学では天才少女というより変わり者のレッテルを張られているため孤立している。
天才であり、成瀬に巻き込まれる島崎のような人にとっては天災という厄介な存在かと思っていました。

しかし、島崎はこのようにも言っていた。期末テストで5百点満点を取ると宣言した時実際は490点であった。しかし、成瀬は気にもせず普段から大きいことを言って種をまいておいたほうが成功したら結局こいつは凄いと思われるからいっぱい言っておいた方が得であると。
島崎がただのほら吹きだと成瀬を罵っていましたが、それを認めていて潔いところもあります。
成瀬は失敗もする、そして失敗を恐れない。これはつまり成瀬は万能ではない、人よりも高い目標を沢山掲げているだけなのである。

ではなぜ成瀬はそんな大きな目標を掲げるのか、これは私の考えですが物語最初の成瀬は単純に人に注目されたいだけなのではないかと思います。
西武百貨店では地域に愛されていた百貨店への恩返しといいつつ、西武ライオンズのユニフォームを着て存在感を出していました。
単なる恩返しなら閉店前に買い物をたくさんしたりもっと話しかけられやすい格好をしてテレビ中継でインタビューを受けた時に感謝の言葉を口にすればいい話です。
実はこの話には病気の祖母がいつもテレビを見ていて、その祖母に自分が写っている姿を見せたいという理由もあるのですが、だったら私服でも祖母に伝えたいだけなら分かってもらえるはずです。
承認欲求が強いという風に思われてしまいますが、シャボン玉を極めたり、ライオンズのユニフォームを買ったりその注目を集めるための努力を怠らないのは彼女にしかできない事だと思います。

また、この物語成瀬が注目されたいだけで天下を取りにいく話ではありません。彼女は島崎や他の人たちの出会いを通して、自分のためではなく百貨店が閉店してしまうような寂れゆく地元に活気を取り戻そうとする物語に転換していきます(これも私の見解ですが)これが本作品最大の魅力です。

第一章の終わり、成瀬は百貨店の閉店を見届けると同時にある目標を掲げます。それは「大津に百貨店を建てる」です。
一度失われた百貨店を今度は成瀬が創業者になって大津に百貨店を取り戻す。成瀬がはじめてその言葉を言った時は恐らく数ある目標の一つになっただけですが無意識的に、意識的に少しずつ目標達成に動き出しています。
例えば第二章では成瀬がM-1グランプリに出場するために島崎とコンビを組みます。その時のコンビ名は彼女たちが通う中学校の最寄り『膳所(ぜぜ)』という地名からとった『ゼゼカラ』というコンビ名になります。
コンビ名を考えたのは島崎ですが、もしM-1で勝ち進んだ時には彼女の知名度と一緒に『膳所』という地名をアピールできることでしょう。

一つ飛んで第四章では成瀬が高校生になり、東京大学のオープンキャンパスに参加するついでに池袋の西武百貨店に訪れるシーンがあるのですが。一緒に訪れた友達に今後百貨店を経営するための視察と説明していました。この時から明確に百貨店を建てるという目標を意識的に行動していたと思われます。

第五章では、成瀬が百人一首の大会で出会った広島の高校に通う男子高校生西浦を滋賀に招きます。滋賀の有名な琵琶湖を案内するとクルーズ船『ミシガン』に無料で搭乗させて魅力をアピールします。西浦がチケット代くらい払うと言いいますがお土産代に使ってくれと謙遜したり、さらにクルーズ船の半券がクーポンになるお得な情報を語り始めます。
もう滋賀の観光大使を名乗れるくらいのホスピタリティを持ち合わせた成瀬ですが、西浦に告白されても2百歳生きるうちの後半に恋愛は楽しむと宣言して振ったり、琵琶湖で思い悩んでいる人を入水自殺をしようとしている人と思い込み必死で説得したりと彼女なりの世界観は健在です。

そして第六章では、なんと成瀬が語り手になります。こういう語り手が比較的に普通の価値観を持った人が一つのキャラに焦点を当てて進む話って、焦点が当たったキャラ自身が語り手になるって私の中では初めての読書体験でとても新鮮でした。
成瀬が語り手になった途端、読み手は成瀬は思ったより繊細な女の子なんだと気がつきます。
普段は毎朝目覚ましが鳴る前に起きジョギングに出かけ、朝食もしっかりとる健康的な朝を迎える。それからの学校の勉強も捗り、京都大学への進学も目標圏内の秀才。
しかし、ある日島崎から突然東京に引っ越すことを告げられ、成瀬は驚いてしまい友人の門出を素直に受け入れられませんでした。
目覚まし通りに起きる朝から始まり、ジョギングの足が重く、勉強も捗りません。それから成瀬のナイーブな生活が続きます。
自分が大物になりたい、そのためなら周りにはなんて思われても構わないような振る舞いをして孤立していた成瀬も、友達が遠くにいってしまうと寂しくなってしまうのでした。
成瀬が語り手になったで章は、彼女の心情が赤裸々に語られるため、他の語り手から見ていた、自由で奇想天外で無敵のような存在ではないため、あそこのシーンでは実は成瀬はこう思っていたのかなと、振り返って読んで成瀬の事をもっと知りたくなりました。
ラスト島崎の和解からの漫才ライブの展開はかなり熱いです。

〈最後に……成瀬の存在を知って欲しいけど知られたくない感情〉
物語の舞台が滋賀県で、時代も西武百貨店の閉店に合わせた2020年からということもあり、リアルな設定で本当に滋賀県の膳所に行けばそこに成瀬がいるのではないかと思ってしまいます。
私的に将来、成瀬は島崎と滋賀の百貨店を経営して、滋賀の観光大使も担って、最終的には膳所から世界へ天下を取って欲しいと思いますが、中学生、高校生の物語で描かれる成瀬は誰かに彼女の事を話して魅力を広げてあげたいという人物ではなく、彼女の魅力を自分だけが知っておきたい存在だなと思いました。
成瀬は間違いなく大物になる人物ですが、いわゆるスターではありません。

プロデューサーの秋元康さんがスターとは皆に話したくなるキャラだと言っていました。成瀬の存在はむしろ逆で自分だけが成瀬の面白さを分かっていればいい、もしくは成瀬が面白いと思っている自分はセンスいいと思うエゴな感情です。
もしかしたら学生時代「あいつ面白いからもっと人気者になってもいい人物だけど、他の人に知られたら本当に人気者になっちゃうから自分とだけ仲良くして欲しいな」と複雑な気持ちを抱いたことがありませんか?
それと同じ感覚です、これは独占欲というか、自分を認めて欲しい存在であると同時にお互い大人になったり立場が変わっても仲良くしていきたいという欲だと思います。
私はこの感情を成瀬に抱きました。
『少女は卒業しない』という映画での小宮山と森崎の関係に似ていると思います(あれは恋愛感情ですが……気になる方は記事にもしているので見てください)
それとすごく成瀬とキャラが似ているなと思ったのが『あたしンち』に出てくるユズヒコの同級生石田です。

割と長く成瀬あかりについて語ってしまいましたが、1冊200ページに成瀬と滋賀の魅力がたっぷり詰まった一冊でフフッと笑えるような微笑ましい話なので頭空っぽにして是非読んで下さい!


シリーズ第2巻の作品も紹介しておりますのでよかったらご覧ください。


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