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ノスタルジック京都: キムチとお好み焼き

私が中学3年で京都の学校に転校した時、最初に声をかけてくれたのはたけやんという女の子でした。口数が少なく目立たない子で、友だちもあまりいないようでした。たけやんは私にとても親切にしてくれました。教室を移動するときはいつもいっしょに行ってくれましたし、困っていることがないかとたびたび聞いてくれました。私は彼女と仲良くなり一緒に過ごすことが多くなりました。お弁当もいっしょに食べました。彼女のお弁当にはいつも私が見たことのない食べ物が入っていました。「それ何?」と聞くと耳にしたことのない名前を言います。私は京都の食べものだと思ってました。

彼女がある時「うちに来いひん?」と言ってくれました。新しいクラスメートの家にまだ行ったことがなかった私は誘いを喜んで受け入れました。

土曜日の午後、私は彼女の家を訪ねました。家は学区のはずれにありました。「わかりにくいさかい」と言って彼女は途中まで迎えに来てくれました。たしかに一人で行くには難しそうでした。大通りから一歩入ると小さな川があり、川に沿って細い道が続いています。その道をしばらく行くとトタン張りの家が密集する集落に行き着きました。集落の中も細い道が入り組んでいて迷路のようでした。集落全体に独特の匂いがしました。何の匂いだか私にはわかりません。風景も私がそれまで見たことのないものでした。

たけやんの家はお好み焼き屋でした。小さい店で、入口に赤提灯がぶら下がっています。提灯には記号のようなものが書かれていました。店は両親がやっていて、私が行くとお母さんがニコニコして迎えてくれました。店の中には鉄板を備えた小さなテーブルが3つと狭いカウンター席があるだけでした。奥のテーブルで若い男女がお好み焼きを食べていました。店の中いっぱいにソースの匂いが漂い、ニンニクのようなにおいもしました。さっき道を歩きながら嗅いだにおいと似ていました。

たけやんはすぐに店の手伝いを始めました。二人で遊ぶつもりでいた私はちょっと戸惑いましたが、たけやんは私にお好み焼きを用意すると言ってくました。お好み焼きはたけやんが焼いてくれました。出来上がったお好み焼きは私のイメージしたものとちょっと違っていました。上に赤いものがのせてあったのです。たけやんに聞くと「漬物」だと言います。「お好み焼きに漬物?」ちょっとびっくりしましたが京都は漬物で有名だからお好み焼きにも漬物をのせるのだと私は思いました。でも、柴漬けや千枚漬けは知っていましたがその赤い漬物は私の知らないものでした。食べてみるとすごく辛かったです。

私がお好み焼きを食べているあいだ、近所の人が何人もやってきました。食材のようなものを持って来る人もいれば、お好み焼きを受け取って帰る人もいます。おしゃべりをしていく人もいましたし、店をちょっと覗いて声をかけていくだけの人もいました。大人も子どももやって来ましたが、みんな家族や親戚のようでした。私にはわからないことばで話す人もいて、何だか日本でないような気がしました。

お好み焼きを食べたあと店の奥にあるたけやんの部屋でしばらく遊びました。部屋と言っても居間に続いた板敷きの部分で、小学生の弟と妹の3人でそこを使っているようでした。机はひとつしかありません。弟たちは居間の丸テーブルで宿題をやるのだとたけやんは言いました。

薄暗くなり始めた頃私はたけやんの家を後にしました。たけやんが大通りまで送ってくれましたが、集落の道を歩いているとあちこちの家から夕飯の支度をする音が聞こえてきました。通りに七輪を出して魚を焼いている女性もいました。遊んでいる子どもたちもおり、何故だかわかりませんが私は懐かしさを覚えました。

たけやんとはそれからずっと仲良くしていましたが、卒業間際にたけやんの家族は引っ越すことになりました。引っ越しの理由はわかりませんし、それ以降連絡を取り合うこともありませんでした。両親がやっていたお好み焼き屋がどうなったかも知らないままでした。

その後しばらくして彼女の家があった地域が在日コリアンの人たちが住む地域であったことを私は知りました。提灯に書かれていた文字や店の中に漂っていたにおい、近所の人が話す日本語ではないことばが何であったか理解したのも後になってからです。彼女が焼いてくれたお好み焼きにのっていたあの赤い漬物がキムチだったことも後に知りました。

あれから50年以上経ちましたがたけやんのお好み焼きは忘れていません。あの日の風景も私の脳裏に深く刻み込まれています。お好み焼きには家族のルーツが凝縮されていたのだと思います。たけやんは今どうしているのでしょう。在日の人たちに対するヘイトクライムを耳にするたびにたけやんのことが気になります。


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