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降り積もる罪

  これは北海道に住む私が、十年前に体験した話です。

関西から引っ越してきた私にとって、北海道の暮らしは何もかもが目新しいものばかりでした。
特に新鮮だったのが雪です。
以前暮らしていた場所とは比較にならないほどの積雪量に、私は興奮してしまう程でした。
そんなある日の午後、私は小学校の授業を終え帰宅途中にありました。
その日は四十センチ程の積雪で、慣れない足取りに悪戦苦闘しながら雪道を進んでいました。
一歩一歩と足を踏み出す度に膝丈まで迫る雪。
その中を泳ぐ様にして雪の中を漕いでいくんです。
しかし子供ながらにそれを楽しくも感じていた私は、わざと雪の中ではしゃぎ回ったりしてたんです。

雪の中に飛び込んだり、両手で雪の塊を掬い上げ投げ飛ばしたりと、以前の暮らしでは体験できなかった事ばかり。
そうやって遊び回っていると、前方に大きな雪山が見えたんです。
子供って布団とか体育館のマットとか見たら飛び込みたくなるじゃないですか?
それと同じで、私は我慢できず目を輝かせながら思いっきり雪山に飛び跳ねました。
すると、勢いよく突き出した両足が雪山に深々と突き刺さったんです、その瞬間。

「ぐあっ!」

「えっ!?」

足先に伝わる人の身体の様な鈍い感触。
私は意味が分からず驚きの声をあげてしまいました。
そしてそのまま体制を崩し、尻もちを着いてしまったんです。

「うぐっ……」

雪下から響く男の呻き声。
直ぐに下に人が居たんだと気付いた私は慌てて立ち上がり。

「ごご、ごめんなさい!」

そう言って急いで頭を下げました。

どうしよう、大変な事をしてしまった、そう思うと怖くなり私は居ても立っても居られずその場から逃げるように走り出してしまったんです。

家に帰っても落ち着かず、親に話そうとも思いましたが、もし怪我でも負わせていたらと思い誰にも打ち明けられずにいました。
やがてそのまま時間も過ぎ、夕食の時間になると。

「景子?どうかしたの?ご飯食べてないじゃない」

箸が止まったままの私を心配して母親が声を掛けてきたんです。
ですが私は返事も返せずそのまま俯いてしまいました。

『臨時ニュースです』

突然居間のテレビからニュースキャスターの声が響きました。
テレビの画面では、リポーターの男性が慌ただしくニュースを伝えています。

「あら?ここって近所じゃない?」

母親がテレビを見ながら言ってきたので、私はハッとして顔を上げました。
画面を見るとそこには、警察や救急車等が見え、只事ではない事を映し出しています。
しかも場所はあの、帰宅途中、知らない誰かを踏みつけてしまった場所……。

「景子?あんた顔が……具合でも悪いの?」

母親が心配そうな顔で聞いてきます。
私はとにかく恐ろしくなり親に気分が悪いからと言って、部屋に逃げるようにして戻りました。
ベッドに潜り込み一人震えていると、あの時、誰かを踏みつけてしまった感触が足先に蘇ります。

大事になってる、警察まで……。
罪悪感、いえ、それ以上の恐ろしさに私は混乱していました。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

私は許しを乞う様に泣きながら呟き、必死に目を閉じました。

どれくらい立ったでしょうか、私は暗い部屋の中で目を覚めました。
どうやらいつの間にか寝てしまっていたようです。

今何時なんだろう?
そう思いゴソゴソと起き上がろうとした時でした。
カーテンの隙間から差す僅かな月明かりの先、ベッドの足元付近に変な違和感を感じました。
瞼を擦りながら目を凝らします。

「え?」

違和感の正体が直ぐに分かり、思わず声が漏れ出ました。
足先に掛かった布団の部分がやけに膨れ上がっているんです。

途端に嫌な寒気を感じました。
それは冬の寒さなどではなく、恐怖に近いものでした。

瞬間、目の前の膨らみが僅かに蠢きました。
肌が逆立ち思わず悲鳴をあげそうになったのですが声が出ません。
いえ、出せないんです。
先程まで動かせていたはずの指先も動かせず、身体中が金縛りになった様に固まってしまいました。

血の気が一気に引き、気が狂いそうでした。
そんな私を嘲笑うかのように布団は蠢き、更に声が聞こえてきたんです。

「助け……て……」

男のくぐもった様な低い声。
私はもうパニックになってしまい、頭の中で必死に叫びました。

ごめんなさいごめんなさい!そう何度も繰り返しながら。
けれどその瞬間、布団の中から太い大人の腕が飛び出し、私の首を締め付けてきたんです。
突然の苦しさと痛みを感じた同時に、私の恐怖は限界を超えてしまい、そのまま意識を失ってしまいました。

気が付くと、私はベッドの上に横たわっていました。
外は明るくなっていて、あの恐怖の夜が終わったんだと知り、自然と涙が溢れていました。

その後、フラフラの状態でベッドから起き上がった私は、服を着替え、顔を洗ったのちに居間へと向かいました。
母親がいつものように朝食の準備をする中、テレビでは昨夜のニュースの続報が流れていました。
私が思わず顔を背けていると、テレビからこんな事が聞こえてきました。

『昨夜、雪の中で発見された男性の凍死体ですが、警察の調べで死後三日が経過している事が分かり、』

「えっ!?」

死後三日……?
そんなはずありません。
私が男性を踏みつけてしまったのは昨日の午後なんです。
男の呻き声もしっかりこの耳で聞きました。

もう何が何だか分かりませんでした。

あれ以来、あんな体験はしていません……が、雪の中で遊び回るのだけは、今でも苦手なんですよね……。

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