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短編小説 騎士と呪われた花嫁

 乙女は困っていた。
 彼女は、自分の住む土地をよこしまな騎士に奪われ、愛人を捕虜にされていた。
 ある日乙女は、カーライルの都にアーサー王が法廷を開くと聞いた。好機と見た乙女は法廷に出向き、アーサー王に庇護ひごを願い出た。乙女は王に、自分の土地と愛人を奪った残忍な騎士を懲らしめて欲しいと言った。
 乙女の願いを聞き入れたアーサー王は、すぐにこの不幸な乙女を助けなければと、聖剣エクスカリバーを持って邪な騎士の居城へと向かった。馬を急ぎ走らせ、アーサー王はほどなく城に到着した。到着するや否や、王は騎士に勝負を挑んだ。

「乙女から土地と愛人を奪った騎士よ、出てくるがいい」
 そう言いながら、アーサー王は騎士の城に足を踏み入れた。ところが城の領地に足を踏み入れる者には、勇気がくじけ力が抜けてしまうという魔法がかけられていた。領地に入ったアーサー王は、城に仕掛けられた魔法にかかってしまい、邪な騎士に一撃も加えられないまま身体から力が抜け落ち、頭がボーっとしてしまった。王は魔法の力に為すすべもなく、騎士に捕らえられた。
「アーサー王よ、俺はお前をいったん帰してやることにする。しかし年の暮れには必ず城に戻ってきて、“女性が最も望むものは何か” という問に対する答えを持ってくるのだ」邪な騎士は言った。
「そして、もしお前がこの約束を破って戻って来なかったり、正しい答えを用意できなければ、お前は俺に国土をあけ渡すのだ」
 やむを得ずアーサーは条件を飲み、邪な騎士の城から解放された。そしてアーサー王はその年の間、東へ西へと馬を駆っては様々な人々に会い、人に会うたびに “すべての女性がもっとも望むものは何か” と訊ねて回った。ある者は、女性がもっとも求めるものは “富” であると答え、またある者は、“栄華と身分” であると答えた。快楽であるという者、追従であるという者、さては、“一人の雄々しく優美な騎士” こそ、すべての女の望むものであると答える者もいた。しかしアーサーは、様々な答えを集めたが、これといった正しいと思えるものを見つけることが出来なかった。こうして人々から問の答えを求めて回り、ついにその年が暮れようとしていた。

 ある日、彼が思いに耽けりながら森の中に入って行くと、かしわひいらぎの樹の間に、思わず彼が眼をそむけるほどに醜い、赤い服を着た婦人が座っていた。婦人はアーサー王を見つけると丁寧に、礼儀正しく挨拶をした。だがアーサーは婦人に対する恐怖と嫌悪感のあまり、返事ができずにいた。すると、その醜い婦人は言った。
「貴方はいったいどういうお方なのです? 私に気づいて私を見ているのに、見ていない振りをされるなんて。──私は美人ではありませんが、貴方を悩ませている謎の答えを知っているのですよ」
「それは本当でしょうか、御婦人よ。もしあなたが私に答えを与えてくれるなら、どうか貴女はなんでもお礼を望んで下さい。私は必ずそれを差し上げます」
 そうアーサーは婦人に告げた。
「本当ですね? では、答えを教えればあなたは私の望むものをなんでも下さると、あなたの真心にかけて誓いなさい」
 答えが欲しいアーサーは、言われるままに婦人に誓った。
「私の真心にかけて誓う」
 すると婦人は謎の秘密を明かした。そしてアーサーに「どうか私の良人おっととなるような、若く美しく礼儀をわきまえた騎士を、一人探して連れて来てください。私は若く優れた騎士の良人が欲しいのです」と、自分の望みを伝えた。

 期限の迫っているアーサーは、かの邪な騎士の城へ急いだ。城に着いたアーサーは、婦人に教えてもらった答えは留めておき、まずは他の者たちから聞いた答えを次々に邪な騎士に与えてみた。だが、それらの答えはどれも本当の答えとして通用しなかった。
「さあ降参し給え、アーサー。そして俺にお前の国土を渡すと、この場で誓うのだ」邪な騎士は勝利を確信して言った。さらに続けて言う。
「アーサー。お前には償いを払ってもらう。お前自身とお前の国土は、我がものとなるのだ」
それを聞いたアーサー王は、ついに心を決めて言った。
「今朝の話だ、邪な騎士よ。私は森の中を通っていると、檞の木と柊の木の間に真っ赤な装いをした一人の婦人が座っているのに出会った。そして私は彼女に、問の答えを聞いた。あらゆる婦人の望むこととは、“すべての女が自分の意志を持つこと” だ」
 しかして醜い婦人の言った答えは、問の本当の答えだった。
「お前に答えを教えたのは私の妹だ!」と、邪な騎士は叫んだ。
「さて、邪な騎士よ。これで私の借りは返したぞ」
「ラグネルめ! いつか報いを受けるといい! 俺が必ずこの仕返しをしてやる!」邪な騎士は悔しがった。

 邪な騎士の受難から逃れたアーサー王だったが、あの恐しく醜いラグネルの良人として、若く秀れた騎士を与えると約束したことを思い出し、沈んだ心で自分の城に向かった。城に帰ったアーサーはこの悩みを、甥である騎士ガウェインに打ちあけた。するとガウェインは答えた。
「案ずるには及びません、わが王。私がその醜い婦人と結婚しましょう」
「いやいや、待て、勇敢で善良なガウェインよ。お前は我が妹の大事な息子だ。お前はまだ醜い婦人を見ていない。あの婦人は見るに恐ろしいのだ。あのラグネルの良人になるなんて、お前が余りに不憫すぎる。私はお前があの醜い女と結婚するなど認めることはできない」
 けれども、ガウェインがラグネルを妻にするとあまりに強く言い張るので、ついにアーサー王はしぶしぶながら結婚を認めた。翌日、王と騎士たちはラグネルのいる森に出向いて、その恐しい容姿の婦人に事の次第を説明し、彼女を宮廷へ連れて来た。
 彼女のあまりの容姿の醜さに、城の人々はざわめいた。ガウェインの同輩たちはこの醜い婦人と結婚するガウェインを、嘲弄ちょうろうしたり揶揄やゆをしたりとからかったが、ガウェインは堪えた。そしてすぐさまアーサー王の居城にて婚礼の儀式がとり行われたが、十分な祝福の婚礼とはいえない式だったので、伝統であった式の後の祝宴は開かれなかった。

 夜が来て、ラグネルと二人きりになったとき、ガウェインはラグネルの余りの醜さに嫌悪の情をかくすことが出来なかった。覚悟はしていたが、いざ目の前でラグネルの姿を見るとどうしても嫌悪してしまう。ラグネルは、どうしてガウェインがそんなに深い溜息をついて、顔をそむけているのかと訊いた。するとガウェインは率直に答えた。
「貴女は私の妻ですから、正直に話します。理由は三つあります。一つは、あなたが私より年上だということ。二つ目は、あなたの外見の醜さ。そして三つ目は、あなたの身分の低さです。その三つが、私が落ち込んでしまう理由です」と、正直に告白した。ラグネルは、ガウェインの告白を受けても少しも動じず、彼の言葉に返事をした。
「年をとっていることは思慮が深いということです。年が若く思慮が浅い者より、思慮深い者の方が妻として良いでしょう。容姿の醜さは、私を誰にも奪われる心配がないということです。私が醜いことであなたは安心を得ることができます。そして身分が低いと言いますが、本当の気品というものは、偶然よい家柄に生まれたというものではなく、その人の性質によるものです。たとえ良い家の生まれであっても、その人に本当の気品が備わっているとは限りません」

 騎士ガウェインはラグネルの的を射た返答に感心した。今までの一般的な価値観にはない考えだったが、しかし言われてみれば納得のできる意見だった。すっかりもうひらかれたガウェインが花嫁の方へ目を向けてみると、彼は驚きで目を見張った。あれほど彼を絶望させていたラグネルの醜さが、いつの間にか彼女から消え失せていた。いま目の前にいるラグネルは、見るも美しい姿に変わっている。
「ああ、ガウェイン。私を妻にしてくれてありがとう。今までの醜い姿は、悪い魔法使いの呪いによるものだったのです」
 魔法使いにかけられていた呪いは、二つの条件が満たされるまで、醜い姿でいなければならない呪いだった。呪いを解く条件の一つは、“若く優れた騎士を良人として得る” ことだった。ガウェインが良人となることで一つめの条件が達成され、呪いの半分が解かれた。ラグネルは、「これで一日の半分だけ、真実の姿でいることが出来るようになりました」と言った。さらにラグネルはガウェインに訊ねた。
「ガウェイン、私は昼に今の姿で、夜に醜い姿になっているほうがいいですか? それともその反対で、昼に醜い姿、夜に今の姿のほうがいいですか? どちらがいいかを、先ずはあなたに選んで欲しいのです」
 騎士ガウェインは答えた。
「美しいラグネル。私は、私だけが君を眺める夜の間に最上の美しさでいて欲しいと願う。他の人々の前ならば、魔法に変えられた醜い姿でいい」
「ああガウェイン。私は、昼に大勢の騎士や貴婦人たちの間に入って美しくいられる方がいいのです。それが自分にとってどんなに嬉しいことか、貴方にわかって欲しいのです。貴方の考えと逆になりますが、それが私の意志です」と彼に言った。ガウェインはラグネルの意志を尊重して自分の希望をとり下げ、彼女の思いにまかせた。実はこれこそ魔法使いにかけられている呪いを解くための、もう一つの条件だった。ラグネルの心は歓びに溢れた。そして、
「なんて嬉しいことでしょう、ガウェイン。これで私は本当の姿に戻ることができました。これで昼も夜も関係なくずっと、今の姿でいられます」とガウェインに伝えた。

 ラグネルにかけられていた呪いが解けたと同時に、彼女の兄も正気に戻っていた。“邪な騎士” もまた、魔法使いの呪いにかけられていたのである。呪いが解けた騎士はもはや残忍な制圧者ではなくなったので、すぐさま乙女の所有地と愛人を解放した。正気を取り戻したラグネルの兄は、アーサー王の宮廷にいる騎士たちに加わり、勇敢で心の正しい騎士となった。


(参考文献:wikipedia 項『ガウェイン』, ブルフィンチ 著『中世騎士物語』)

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