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保育士が千手観音になりたくなる瞬間

千手観音になりたい…

「突然何のこと?」と思われるかもしれませんが、保育園に勤めていた頃、そう思う瞬間が何度もありました。それは「千手観音のように慈悲深く、すべての子どもたちに手を差し伸べられる心優しい保育士になりたい」という高潔な思いからのものではありません。ただ「千手観音の千の手と眼がほしい」というだけの取るに足らないつぶやきでした。

保育士はさまざまなことから子どもを守っている

20数年前大好きな保育の場を離れましたが、その後も保育関連業界で保育士を支え育てる仕事についておりました。その際、私が「これから保育士になっていく人たち」に繰り返し伝えてきたことがあります。

“保育士の仕事は「子どもの命を預かる(守る)こと」”

実際には他にもたくさん担うことはありますが、これが一番大事なこと。誇張しているわけではなく、プレッシャーをかけるつもりもありませんが、保育士になる前に知っておいてほしい。そんな思いからの言葉でした。


久々の現場復帰で“浦島太郎状態”

昨年、長い年月をへて保育の現場に戻ることになりました。20数年ぶりの保育の現場は、あまりに変わっていて、浦島太郎の気持ちになりました。今の現場では、子どもの命以外にも守るべきことが増えており、より厳しくなっていたことに驚きました。その一つが「子どものプライバシー」だったのです。

子どものプライバシーを守る配慮とは

現在の保育園では、プライバシーを守るため以下のような個別対応が求められます(これはごく一部です)。

・着替えは、男女別スペースに分かれて見えないようにして行う
・おもらし時の着替えは、トイレにある専用スペースを使用する
・身体測定は男女別にし、肌着は脱がずに行う(女児は女性保育士が対応) など

このような個別対応を丁寧にするということは、それだけ手間暇(時間)がかかるということです。
真夏の暑い日、全員ですっぽんぽんになり、冷たいシャワーを気持ちよさそうに浴びて喜んでいたあの頃は、もうむかしむかしのお話でした。


千手観音になりたくなるとき

こんなにも丁寧な個別対応を求められる今の保育の現場。みなさん、ご存じでしたか? 一人の子と関わっている最中にも、他の子からひっきりなしに声をかけられ、対応を求められます。

「せんせい~聞いて!」と言われている間も、右を見れば「仲間に入れて~」「いやだ」ともめているし、左を見れば「Aちゃんが(私が描いた絵を)変な顔って言った~」と泣き声が響いている。トイレからは、Bちゃんの「せんせい~うんち出た」という声が聞こえてくる…。

保育士さんだって、きっと使いたくないであろう言葉「ちょっと待っててね」を使わざるを得ない状況がどうしてもあります。こんなときです、千手観音になりたくなるのは(あぁ、もっと手が、手がほしい…)。

しかも、保育士の業務はこれで終わりではありません。子どもの対応がひと段落しても、保護者向け対応(クラスだよりや子どもの写真入りの様子を記した掲示物の作成、子どもの作品の展示)、保育関連事務(保育日誌、月案、週案、児童票)など、終わりなき旅(仕事)は続きます。

見直しが不十分な保育士配置基準

2024年度より、76年ぶりに保育士の配置基準(国が定めた保育士一人が受けもつ子どもの数)が見直されます。今までの基準では、一人の保育士が受け持つ子どもの数は、0歳-3人、1・2歳-6人、3歳-20人、4・5歳-30人でした。今回の見直しで変更となるのは、「3歳-20人⇒15人」「4・5歳-30人⇒25人」の部分となります。1歳児についても早期に5:1を目指すようです(保育所等の運営に関する改善事項 こども未来戦略(加速化プラン))。

保育士の配置基準の改善
・0歳児3人:保育士1人
・1・2歳児6人:保育士1人
・3歳児20人:保育士1人
 ※→3歳児15人:保育士1人に見直し
・4・5歳児30人:保育士1人
 ※→4・5歳児25人:保育士1人に見直し

76年ぶりですから、4・5歳の人数が改善されたことは、まずは素直に喜ぶべきこととは思います。ただ現状を考えてみても、歩き始めたばかりの1歳児6人を保育士一人で保育することがどれほど厳しいかは、誰がみても明らかです。配置基準が改善されるとはいえまったく“今の状況”に追いついてない(時代に合っていない)、そう実感しています。


ため息をつきながらもあふれる思い

それでも保育士さんたちは、「たいへんだ~」とため息をつきながら、「これ見て!Mちゃんが空き箱で作った「ねこの親子」、めちゃくちゃかわいい~」とか、「お誕生日会の時のFくん、本当に嬉しそうだったね」と笑顔で話す声が飛び交う保育の場を、私は尊いと思います。卒園式のリハーサルなのに、思わず涙ぐんでしまうほど、子どもたちへの思いがあふれているのです。

保育士は子どもの命を預かっています。そのため責任は重く、大変な業務もあります。でも、だからこそ保護者への安心感と一緒に子育てに共感できるパートナーとしての信頼感を与えることができます。子どもと同様に保護者の笑顔も保育士さんの喜びにつながります。

子どもの澄んだ瞳で「お昼寝起きてもまだいる?」と抱きつかれる時、疲れが吹っ飛ぶほどの喜びと幸せを感じます。こんなまっすぐなラブコールをもらえる素敵な仕事、そして子どもと保護者を幸せにできる仕事、それが「ほいく」なのです。

目をそらさずにもっと「ほいく」を見て知ってほしい

国や行政は、保育士さんの善意や責任感に甘えず今の現実から目をそらすことなく、安心して保育ができる体制をしっかりとつくってほしい。そしてこのような温かい保育をしながら子どもたちを大事に育んでいる保育士さんたちのことを、もっともっと広く世の中の人に知ってほしい。心からそう思います。


関まりね
社会福祉法人(民間保育園)および東京都特別区(公立保育園)にて保育士として勤務。その経験から保育士試験対策学校にて、7000人以上の保育士輩出に携わる。現在は、保育士関連書籍の執筆ならびにフリーランス保育士として様々な保育施設にて保育を実施しながら、保育士の教育やサポートも行っている。


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