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創作童話 『妖精ピピとオーロラ』 ピュアバージョン

 みなさんは、遠ーい北のほうの国々で見ることのできる"オーロラ"のことを知っていますか?それはそれはとっても美しい光の帯が、天空いっぱいに広がって、生き物ののように動き回るということです。それはまた、まるで天国に宝石のように美しい色のカーテンがかかっているようにも見えます。でも、このオーロラはだれもがかんたんに見ることができるわけではありません。心の美しい人しか見ることができないのです。
 そのわけは、このお話を聞いてくれれば、きっと分かると思います。

Once upon a time in Heaven
むかーしむかーしのお話です。

⒈天国からの追放
 そのむかし、妖精たちは天使たちと一緒に仲良く、神さまのもとで働いていました。違っていたのは、見かけとお仕事の中身でした。
 天使たちはみな、人間でいったら3才くらいの幼児のような顔と体をしていて、背中には白いハトのような羽がついていました。お仕事は、弓矢で人の心を射って、その人が他の誰かを好きにしてしまうことでした。
 妖精たちは、6才くらいの子供に似ていて、背中には天使よりも立派な大きな鳥の羽がついていました。お仕事は神さまのお手伝いです。神さまはいつもとっても忙しいので、そのお手伝いの妖精たちも大変です。広ーい天国じゅうを、あっちへ行ったりこっちに来たり、大きな荷物も運ばなくではなりませんでした。また神さまのお遣いで人間の世界まで降りて行く妖精もいましたが、大きく立派な羽はそんな時にはとても役に立ちました。
 あるとき、ピピという、とってもすばしっこくってやんちゃな妖精が、こんなふうに思うようになってしまいました。
『自分たち妖精ばかり大変な仕事をしていて、天使たちはずいぶん楽じゃないか』
そして、神さまのお手伝いが嫌になってしまったピピは、怠け者になり、毎日毎日遊んだり悪戯ばかりしているようになりました。そうするうちに、他の妖精たちもピピのまねをして同じようになってしまい、いつの間にか、そのお仕事は全部天使たちがするようになってしまいました。神さまは、妖精たちの仕事がちゃんと進んでいるので、しばらくは気がつかなかったのです。

 さらに、暇を持て余したピピは大変な悪戯をしてしまいます。これは、人間の世界に、たくさんの争いを起こしたり、子供たちを悲しませることになってしまいます。ピピは、ある日天使たちが眠っているすきを狙って、弓矢を盗んでしまいます。そして、手当たり次第に、無茶苦茶に人間の住む世界に向かって矢を打ち始めたのです。
 人間の世界は大騒ぎになってしまいました。もともと、結婚する人間の男女は生まれた時から左手の薬指が運命の赤い糸で結ばれているように、神さまが決めていました。天使はある時が来ると、神さまから言われた通りに、二人に弓矢を打つのです。しかし、ピピがめちゃくちゃに弓矢を打ったので、もう結婚している人が他の人を好きになったり、一人が何人もの人と結ばれたりして、大混乱になってしまったのです。その中には、このいたずらのせいで、お父さんとお母さんが別れてしまい、悲しい思いをすることになってしまった子供たちもいました。
 とうとう、大混乱になって、神さまはカンカンに怒ってしまいます。そして、ピピにこう言ったのです。
「ピピ、よく聞きなさい。天国は遊ぶところではありません。自分たちの仕事もちゃんとできないなら、天国から出て行きなさい。お前の仕事は、天使たちがきちんとやっているからね。いたずらばかり、遊んでばかりでは、どこでだろうと暮らしていくことができないぞ」
 これは、大変なことになりました。ピピは、神さまに謝ります。
「神さまお願いです。どうか、天国から追い出すのは勘弁してください。心を入れ替えて、もう一度一所懸命に働きます。どうか許してください、お願いします」
 神さまはどうしようかしばらく考えていました。ピピは、今は怠け者になってしまいましたが、以前はとても働き者だったからです。そしてこう言いました。
「よし、それではお前に一度だけチャンスをあげよう。天国ではなく、人間の世界で働きなさい。恵まれない、助けが必要な人のために、一所懸命に働いたら、きっとその人もお前のことを気にいってくれるだろう。お家とベッドはそこで、ご飯ももらうんだよ」
 神さまはそう言うと、ピピに行き先の書いた手紙を渡しました。
 ピピは不安でいっぱいです。1度も見たことも入ったこともない人間の世界で、一体どうすれば良いか全くわからないからです。しかし、神様の言うことには逆らえません。もらった手紙の行き先に向けて、天国から人間の世界に降りて行きました。

⒉人間の世界
 ピピは、天国から降り始めると、何か少しおかしなことに気が付きました。最初は大きな羽でちゃんと食べていたのですが、だんだん羽が薄く細く弱くなって、トンボの羽のようになってしまいました。羽だけではありません、体もどんどん小さくなって虫のような大きさになってしまったのです。
 最初は手に持っていた手紙も、今は自分の体よりも大きくなってしまい、なかなかうまく飛ぶこともできなくなってしまいました。それでもピピは、手紙に書かれた行き先に向かって空から落ちるように飛ばされていきました。
 人間の世界、地上の季節は春でした。そこは、木々の緑と、お花がいっぱいに咲いているとてもきれいな場所でした。天国は白い雲の上にあるだけで、こんなに美しいところはありません。ピピは神様のお使いで地上に来たことがなかったので、すっかりびっくりしてしまいました。
 ピピの手紙の行き先は、オーロラというおばさんが一人で暮らしているお家でした。その家は小さな丸太小屋で、ヨーロッパの北のある町のはずれにありました。ピピが挨拶しようと窓の隙間から中に入ると、オーロラおばさんはテーブルでお茶を入れているところでした。ピピが言いました
「こんにちは、妖精のピピです。神さまから言われてお手伝いに行きました」
すると、オーロラおばさんは
「お前さんがピピかい?ずいぶん小さいんだね。神さまからお告げがあったので楽しみにして待っていたのに、こんなに小さいんじゃ役に立てるかね?うちの仕事は、とても大変なんだよ」
少しがっかりした声で言いました。そしてまた
「まぁ、小さいから食いぶちが増えることはなさそうだけど、仕事は山ほどあるんだから、すぐにでも始めておくれ。おじいさんが亡くなってからは、全部ひとりでやっていたから、私はもう体がボロボロだよ」
 ピピがおばさんを見ると、まだ60歳だというオーロラさんは、まるで90歳を超えたおばあさんのように顔はしわくちゃで、体は針金のようにやせ細っていました。
「オーロラさん、任せておいてください。教えてもらえれば、何でも覚えて一生懸命にやります」とピピは答えました。
「ピピとやら、それでは早速、布を染めるための花を取りに行くことにしようかね」
オーロラさんは、お茶を飲み終えると椅子から立ち上がり、片方の足を引きずりながらゆっくりとお花畑へ向かって歩き始めました。ピピはオーロラさんの後からついていきました。
 お花畑につくと、オーロラさんは、今までずっと話し相手を待っていたかのように、ピピに向かっていろいろなことを話し始めました。それは、40年以上も一緒だったからおじいさんが一年前に亡くなったこと。カールさんはとても腕の良い椅子作りの職人だったこと。お家も、家具ももちろん椅子も全てカールさんが作ったこと。オーロラさんは、花の汁で染めた布作りが得意なこと。ジャム作りと料理も得意で、カールさんがいつも褒めてくれたこと。そして、残念なことに子供は1人もいないこと。
 ピピはオーロラおばさんの話を聞いているうちに、おばさんが本当に一人ぼっちで、ずっと寂しかったことがよくわかりました。
「オーロラさん、これからはいつでも話し相手になるから、もう寂しくないですよ」
とピピが言うと
「あぁばかばかしい、妖精なんか相手にしてつまらない話をしてしまった。もう余計な事はいいから、さっさと花摘みをしておくれ」
と、オーロラさんは言いました。寂しさからか、もうなかなか素直になれないおばあさんに、オーロラさんはなってしまっていたのです。
 それから毎日、ピピはおばさんに言われる通りに、一所懸命に働きました。体が小さい分、すばしっこく、何回も何十回も繰り返し繰り返し続けてやり抜きました。ただし、どうしても水汲みだけは大きなバケツを運べないので、オーロラおばさんが自分で続けていました。
 春が過ぎ、短い夏が終わって、一番忙しい秋になりました。長くてとても寒い冬に向けて、いろいろな支度が必要です。薪集め、ジャム作り、セーターの編み物、お家の手直しなど、毎日やることが多くて大変です。でも、ピピはオーロラおばさんが少しずつですが元気になり、明るくなったように思えました。ピピが毎日頑張ったので、冬の支度もそろそろ終わろうとしていました。

⒊オーロラおばさんとの別れ
 11月の終わりのある寒い日に、オーロラおばさんに大変なことが起きてしまいます。
「誰かかぁ、誰かかぁ、助けに来てぇ」
ピピがお家の窓の手入れをしていると、川に水汲みに行ったオーロラおばさんの悲鳴が聞こえました。凍った川べりで足を滑らせたのです。ピピは助けに行きましたが、虫のように小さい妖精の力ではどうすることもできません。妖精は他の人からは見えないので、助けを呼びにもいけません。氷のように冷たい川に落ちたオーロラおばさんは、どんどん流されていってしまいました。町の方まで流されていて、おばさんはようやく町人たちに助けられました。
 街の人たちから手押し車に乗せられて、オーロラおばさんは家に帰ってきました。しかし、少しずつ戻っていた体の力もすっかりなくなってしまい、オーロラおばさんは寝たきりの病人になってしまいました。
 それから毎日、ピピはオーロラおばさんにつきっきりで看病しました。おばさんが起きれないので、ご飯の用意はもちろん、おしっこやうんちの始末もピピがしました。シャワーも浴びれないので毎日体をきれいに拭いてあげました。水汲みも小さなポットで何回も何十回も運んで間に合わせました。でも、全く嫌ではありませんでした。春からずっと一緒に暮らしていたので、いろいろなことを教わっておばさんのことが大好きになっていたからです。おばさんは、ピピがどんなに頑張っても口では何も褒めてくれませんでした。けれども、おばさんが作るごはんやジャムは、本当はおばさんの優しい気持ちがたっぷりはいっているからこそおいしいことを、ピピはよくわかっていたのです。
 12月も半ばを過ぎて、クリスマスが近づいてきました。オーロラおばさんは寝たきりのままなので、クリスマスの支度が何もできません。また、ジャムやセーターも売りに行けないので、お金も全くなくなってしまいました。もう、おばさんとピピとがご飯を食べるのがやっとのことでした。
 そして、とうとうクリスマスイブになりました。オーロラおばさんの家には、クリスマスツリーも素敵な飾りも、ごちそうも、プレゼントもありませんでした。でも、おばさんはピピに向かってこう言ったのです。
「今年のクリスマスイブはとっても嬉しいねぇ。だって去年は一人ぼっちだったから。ピピや、あんたには何も優しくしてあげなかったけど、あんたが本当の子供だったらどんなに良かったことか。でも、いつかいなくなることが分かっていたから、好きになりすぎないように冷たくしていたんだよ」
それはピピが今まで聞いたことばの中で一番嬉しいことばでした。もう天国に戻れなくてもいい、ずっとオーロラおばさんのそばにいたいと思いました。
「ピピ、でももうすぐお別れだね。カールおじさんがあの世で待っているんだよ」
「オーロラさん、そんなこと言わないで。神さまにお願いするから行かないで」
ピピは、初めて涙と言うものが目から出ることを知りました。
「私もずっと神様にピピが天国に帰れるようにお願いしていたよ。でも神様だっていちど決めた人の運命は変えられないんだよ。私がこうなるのは生まれた時から決まっていたんだ。でも、妖精のあんたが最後に子供の代わりに看取ってくれるようになったんだから、私はとても幸せなんだよ」
オーロラおばさんはさらに続けて
「そうだ、クリスマスプレゼントにあげるものが何もないんだけど…どうせもうすぐカールに会えるから、私の一番大切なカールとの思い出を…置いていくね。40年分以上あるから…」
と言うと、息を引き取ってしまいました。ピピは泣くのに疲れて眠ってしまいました。
 
⒋「オーロラ」ができたわけ
 翌朝、ピピが目を覚ますと、オーロラおばさんの亡骸の上に小さな、といってもピピよりはずいぶん大きな箱がありました。
 その箱は、今まで見たことのないような美しい、グリーンがかったブルーのようしていました。そして雪のように真っ白なリボンがクロスしてかけられてありました。
 その時、天国から神さまに声が聞こえてきました。
「ピピ、それはオーロラおばさんの心の思い出、一番大切にしていたものなのだよ。お前が頑張ったから、オーロラさんがそれをお前に預けたんだ。さぁ、それを持って天国に戻って来なさい」
 ピピは、その重い箱を持ち上げると、フラフラしながらも天国に向かって飛び立ちました。でも、虫のように小さい体ではなかなか速く飛ぶことができません。朝早く飛び始めたのに、いつの間にか空はもう真っ暗、夜が近づいていました。そして、やっと一番低い雲の所へたどり着くことができました。するとどうでしょう、ピピの体は少しずつ大きくなり、トンボのような羽も元の立派な鳥の羽へと変わっていきました。やがて、天国に着く頃には、すっかり天国にいたときの元の姿に戻っていたのです。
 天国につくと、ピピは神さまに会うことが許されました。
「神さま、天国に戻れたのは嬉しいけど、せっかくオーロラさんと仲良くなれたのに、もう会えないなんて…」
ピピは、また涙を流しながら言いました。
「では、その箱を開けてごらん。きっと、オーロラさんの心が伝わるはずだから」
と神さまは言いました。そして、言われた通りにその箱を開けると、まばゆいばかりの光と色が溢れ出しました。オーロラさんの大切にしていた思い出が、その心と同じ美しさを持つたくさんの宝石になっていたのです。今まで透明だった天国の壁に、宝石の輝きが映し出されました。それはまるで美しい色のカーテンのようにも見えました。
「神さま、こんなに美しいものがあったなんて知りませんでした。なぜ、人間の世界にはこんなに美しいものがあるんですか?」
とピピが尋ねると
「ピピ、人間には妖精と違って限りのある命しかないんだよ。だから、毎日毎日がんばって生きて、美しいものを大切にしているんだ。宝石は、そんな頑張り屋さんの人間へのご褒美として、ほんの少しだけ私が世界中に振りまいたんだよ。オーロラさんは、その心の思い出が宝石になるくらい美しかったんだね」
と神さまは言いました。
「さて、ピピこれからのことだが、お前はもう天国に帰ってきたのだから、人間の世界での出来事は全部忘れなくてはいけないよ。オーロラさんのことももちろん忘れなくてはいけない」
と神さまから言われて、ピピはとても寂しくなってしまいました。
「ただ、このオーロラさんの宝石はお前のものだ。だから好きなときに蓋を開けて、そのひと時だけオーロラさんのことを思い出させてあげよう…」

ピピは、ちょっとの間気を失ったように少しクラクラとしました。ひどいいたずらをして人間の世界に行かされたこと、神さまに許してもらって帰って来れたことを思い出しました。でも、どういうわけか人間の世界のことは何も覚えていません。

今、手元には、グリーンがかったブルーの美しい箱があります。そして、雪のように白く綺麗なそのリボンには
「オーロラさんの思い出…好きなときに開けて良いが大切にしなさい」
と神さまのメモがついているのです。
                  おしまい

 では、「オーロラ」はどうなったのかですって?
 それは、皆さんが思い描いてください。
 本当に心の美しい人には、きっとそれができるでしょう。
 ピピがその箱を開けなくても、その気になれば、いつも皆さんの心の中で見ることができるはずです。


 


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