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なぜ一人事務所なのに移転したか


一人事務所に不安を感じた

独立して売上は順調に伸びていた。以前「等身大開業日誌」というセミナーを大宮ソニックでやったが、そのときに既に売上を公表しているので、いずれどんな感じで売上が伸びていったか、ここでも書きたい。

初回の等身大開業日誌の様子。割と入ってる。開業2年目みたい。何しゃべったんだろ。

ウチは開業2年目、つまり独立して1年目に移転をしている。もう少し力を蓄えて・・・という考え方ももちろんあるけれど、さっさと移転してしまった。

自分が倒れると事業も倒れる不安

障害年金の業務が増えて忙しくなってきたが、別に一人で回らないというほどではなかった。ただ、自分が病気をしたときに仕事が止まってしまう可能性を考えると、不安は大きかった。一人事務所の宿命である。

何せまだ30そこそこだ、ここからまだ30年以上は仕事をするだろうから、その間ずっと病気をしないと思えるほど楽天的ではない。自分が不在となっても売上が上がる仕組みを作らなければいけないと思っていた。そのためにはスタッフ採用が必要である。

単純に寂しい

「人と共にすれば喜びは倍加し悲しみは半減する」というドイツのことわざがあるらしい。
「やった!」と言えるような仕事を取っても、一緒に喜んでくれる人はいない。「うわ、これやっば・・・」ということがあっても、一緒に悲しんでくれる人はいない。社長は孤独、という意味ではない。単純に一人なのである。家族や友人ではなく、やはり同じ舟に乗った社内にいたら良いと思った。

この環境はおそらく向き不向きがあって、自分の場合は結構メンタル的にくるものがあった。その証拠に開業2年目、体重は激増していた。社労士試験の勉強をしていたころから+22kgとなった。ちなみに現在は食事に気を付け、運動を心がけることによってそこから17kg減となっている。

これらを考えると、まずはスタッフを採用しようと考えるようになった。
それにはこの実家の一室(昔の自分の部屋)に来てもらうわけにはちょっといかない。自分だったらこんな職場は嫌である。ワンルームでもいいので、仕事用の事務所を設けて、できればそこで面談できたら良い。

独立したものの、外出も多いので電話での相談は受けていなかった。スタッフがいてくれれば、それも受けられるようになるだろう。ワンルームで年間100万くらい、パートさんに来てもらって同様に年間150万くらい。そのくらいならなんとか払えるだろう、たぶん。

実家だと微妙にモチベーションが上がらない問題。

独立して自宅で仕事をするのをやめて事務所を構えた、と言ってもしょせん実家である。

疲れたと思ったら台所に行って、慣れ親しんだ冷蔵庫を開け、換気扇の下でタバコを吸い、「あーあ」なんてあくびをしながら麦茶を飲む。これは完全に実家での行動である。
キレイな高層オフィスで、大きな窓ガラスから外の道を行くミニカーのようなクルマたちにちょっと目をやり、通勤時に買ってきたお気に入りのマグに注いだスタバのコーヒーを傾け、夕日を背景に「今日も疲れちまったな・・・俺、なんのためにこんなに頑張ってるのかな・・・」と誰彼ともなくつぶやく、などというのとは雲泥の差なのだ。

これではモチベーションは上がらない。上がるわけがない。実家なのが悪いのだ。それにやはり人にはもうこれより後がない、というがけっぷち感が必要なのである。そういえば社労士試験のときもそうだった。

よし、移転をしてスタッフを入れよう。

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