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さすが公務員 みんな良い人じゃ〜ん

 その後、総務課長に一階の自分の部署に連れていかれました。僕の配属は法人課税第二部門です。上司となるM統括官が「え〜新しく配属されたセニョールさんです」と部門の人達に紹介してくれました。「セニョールと申します。よろしくお願いします」僕はちょっと緊張していて、あまり部員の顔は見れませんでしたが、部員はニコニコしながらパチパチパチと小さく拍手してくれました。あれ?優しい?受け入れてくれている?拍手されちゃった?みんな意外といい人かもしれない!署長室から急にアットホームな部門に連れて来られて、リラックスしたのかもしれません。
 その後、緊張している僕を落ち着かせようとしたのか、ちょっと年配の女性職員が「署内を案内するね」と 1階の奥にある給湯室に、連れて行ってくれました。「お茶は、部門費でお茶っ葉を買っているから、勝手に入れて飲んで良いよ。裏に名前を書いた自分のマグカップ持ってくると良いわよ」と教えてくれました。「今日は、お客さん用の紙コップでいいから」と言ってお茶を入れてくれます。なんて良い人だ。
 席に戻ると、お茶を飲みながら、改めて自己紹介です。僕の右隣は指導役のF上席。ずんぐりガッチリ筋肉質ぽい体をしていますが、人は良さそうです。その前の席で、お茶を入れてくれたのはW上席、よく喋る気の良いおばさん?いやお姉さんという感じです。僕の正面は相談役のY上席といい、「僕が一番若い38歳だから。だから相談役になったんだよ。なんでも話してね」と話してくれました。思わず38歳は若いのか?と考えてしまいましたが、でもY上席は38歳でも精神的には若い、独身の38歳でした。僕以外の3人の先輩は皆、「上席」という肩書きでした。税務署に入ったばかりの僕は「事務官」という肩書きで、税務署で3年くらい実務経験した後に半年あまりある専科研修を受けてから調査官になります。その後、調査官から上席になるにはさらに何年も経ってからなるみたいで、つまりは僕より2ランクぐらい上の階級にいる人たちです。みなさん大ベテランの部門に何もわからないペーペーの新人が来たということが分かりました。
 「はー」と思って感心していると「だって10年ぶりよ」と後ろの席から声をかけられました。「私が10年前にここに新人で来て、結婚して出産して産休明けで帰ってきたのに、誰も新人がいない。だから、私嬉しいわ、新しい人が来てくれて。よろしくね」見ると僕とほとんで年齢の変わらない、シャキシャキ喋る、頭の回転の良さそうな女性です。「あ、よろしくお願いします」慌てて挨拶します。僕の後は法人課税第一部門で、申告書の収受などを行う部署です。その女性職員は、申告書収受などの担当でした。
「お前さ〜Fさんに調査教えてもらえるなんて、すごい事なんだぞ。分かってか〜」と、その隣の人が話しかけてきました。方言丸出しでエネルギッシュで、でも面倒見の良さそうな、僕よりちょっと年上のTさんでした。Tさんの仕事は源泉所得税の担当でした。それまで調査をバリバリやってきたけど、配置転換で源泉所得税担当になってしまったらしい。Tさん自身は調査が好きなので、早く調査部門に戻りたいということを言ってました。
 とにかく、初日からワイワイ皆が声をかけてくれました。僕は、初めて話すので緊張もしたけど、周りに受け入れられている感じはよく分かり、嬉しく思いました。安心したのと、何かあたたかい感情も湧きました。
 ついさっきまで、面倒くせえって思っていたのに、急激に「この人たち、いい人かもしれない」と変わっていきます。この時の僕の心境の変化を説明するのはちょっと難しい。僕の前職は超昭和のブラック企業のようなところでした。体育会系職人の世界で、教える側は「阿保、馬鹿、死ね」の3語だけ知っていれば良い。愛があればグーパンチOKという世界でした。「さん」なんて敬称は聞いたことがない。始終ピリピリして、血走った目でギロギロ睨まれながら仕事をする世界でした。
 憧れて入ったものの実はそんな世界で戸惑った。それでもその世界に居たくて頑張りましたが、夢破れて退職を余儀なくされました。それまでの人生で一番の挫折かもしれません。失意の中、ヤケクソで勉強してなぜが公務員試験に合格したものの、そんなことでは挫折感は無くならず「俺なんか半端もんさ」と不貞腐れて捻くれています。当時の僕の口癖は「俺の人生、もう老後だから」で、公務員を受けるにあたっても「もう何の仕事してもやる気なんて出ないから」と彼女に言って悲しませていました。
 でもその一方、心の底には「そんな僕を拾ってくれた国税」への感謝の気持ちもあったのは事実です。官庁訪問以降の国税の採用担当や、税務大学校での研修でお世話になった教授達はとても良い印象でした。だから「税務署の仕事もちょっと楽しいかもしれない」と期待していたのだけれど、でも下見をしたら税務署の建物は何だこれはって言うくらいボロい。それでまたガッカリする。でも出勤したら職場の先輩たちが良い人達そうで、またやる気が出て来た。期待と不安が入り乱れて、もうそこは行ったり来たりの複雑な心理状態だったんです。
 当時は新人が小さい署に来ることはほとんどありませんでした。大きい署では人員にも余裕があるので、一人くらい使えない新人がいても良いのですが、小さい署は基本的に仕事量に対しての人員が少なく皆忙しいので、新人教育まで手が回らないというのが理由のようです。事実、僕はその署では10年ぶりの新人でした。なぜそんな異例なことがあったのかは後で知るのですが、現場の受け入れる側としては、僕に早くなじんでもらって一人前になって欲しいというのが、上司を始め部員の意思だったようです。なので、相当気を使って受け入れたのは確かなようです。

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