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本当に書きたい事が書けないから、逃げるために書く① 幼少期の思い出 その壱

人生の折り返し地点を行ったり来たりする年代になると、
いったいどれくらい前の出来事を覚えているんだろう。

アタシの愛おしいムスメっちは、2歳の頃の出来事をまだ覚えているらしい。
ソレは、「胎内での記憶」について話してたときの事
ヒトは2歳くらいまで、母親の胎内にいたときのことを憶えているらしい。
なんかの育児書かどっかの偉い人の話か忘れたけど、面白そうじゃんって思って、子どもたちに聞いておいた。

それぞれ、的を得た回答がかえってきていた。

愛しのムスメっちは、おーいって聞こえたと
当時、たどたどしい 覚えたての日本語っぽいもので伝えた。

おーいってってたよ。

何かやってる時にさり気なく聞いたから、間違いなく胎内の記憶だと確信している。

愛しのムスメっちは末っ子なので、
みんなでよく、私のお腹に口をつけて呼んでいたんだ。
おーーーーいって。

だから私は、これから出産する知り合いに
聞いてみてね!っていう。

その聞かれたことを、憶えているっていうんだ。

すげぇ。

人の記憶ってすげぇって思う。


アタシは結構記憶力のいい方だと思っている。
ヴィジュアルを覚えているってのかな?
映像的な記憶が刻まれやすいと思う。

そんなアタシの最古の記憶が保育園での記憶

好き嫌いが多いアタシは、給食が食べられず
みんながお昼寝している間も、一人隅っこで残している
大っ嫌いな野菜を目の前に、クネクネしていた。

幼なじみの男の子がニヤニヤしながら
母の迎えを待つ私を見ている

嫌いな女の子が、保育園のロッカーの影で
私の腕に、鉛筆注射をしてきた


この3つが私の最古の記憶
きっとどれも年長くらいで、5歳くらいかなと思う。


今でも好き嫌いはすごく多いし
その幼馴染みは、私のこと好きだったらしいし(ここで最大のモテキだったと思う)
鉛筆注射の女の子とは、中学で一緒にバンド組んでたくらい仲良くなったし

正直、私の記憶はどこまで正しいかわからない。
夢かもしれないし、書き換えてるのかもしれない。

なんせ、人生の折り返し地点を行ったり来たりする感じだし。

まぁ、憶えている最古の記憶から今まで辿っても
ほとんどいいことなくて。

愛しいコドモを授かったって事が、
私の人生の救いであって
同時に悲しさもココにあるっていう
ホント、人生は不公平だよな。


そして次に古い記憶が、産みの父との思い出
いくつだったんだろう。
多分、小学2年くらい… っていうと8歳?
とてつもなく くだらない思い出。

風呂上がりに、当時流行っていたんであろう
魔女っ子メグちゃんかキューティハニーかわからないけど、ショートの赤髪のキャラクターがついた、長めのタンクトップ、
多分キャミソールみたいなやつ を 着て、得意気に側転をした時に、家族が大爆笑したんだよね。
ものすごいキレイな側転だったはずなのに。

アタシ、ノーパンだったんだよ。

風呂上がりだったからさ、履いてなかったらしい。

でも、それがとてもとても幸せだったんだよね。
ノーパンが、じゃなくね
家族みんなで大爆笑ね。
その数年後に別れが来るとは思ってないしね。
自分がしたことで、笑顔がうまれたってことが、記憶に残しているのかもしれないけど。

アタシの幼少期の思い出 その壱 は結構幸せ。


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