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『けむりと生きる・追想』第1章

『けむりと生きる・追想』(連作短歌+付属掌編小説)
連作短歌の全体像はこちら→ https://note.com/ricautoly/n/nf3878c47a95e


■■第1章■■


■とうさんはじょうきをふいてめがひかるきかんしゃみたくおしごとしてた

 わたしのおとうさんは、ごはんをたべたあとは、かばみたいにのっそりしています。
 あそぼうっていっても、ぜんぜんうごきません。こんなときのおとうさんはかっこわるいです。
 でも、おしごとのへやで、つくえにすわっているときはちがいます。まず、めがちがいます。いつものねむそうなかんじじゃなくて、ぎらぎらっとしています。そして、たばこをくちにくわえて、ごうごうとけむりをはきながら、すごいはやさでてをうごかします。わたしにはまだむずかしくてわからないけど、きっとすごいおしごとをしているんだとおもいます。
 ずかんでみたことのあるきかんしゃも、らいとがひかって、しろいじょうきをふいています。わたしのおとうさんは、あんなふうにせかいいちかっこいいとおもいます。


■あの父がタバコをやめた妹のためで私のためではなくて

 父は一日にタバコを3箱も吸う人だった。値段を計算すれば、小学5年のわたしにとってはあまりにも大きな金額になる。母もわたしも、けむりが息苦しいし、ごはんのおいしさがわからなくなっちゃうでしょ、と、口をすっぱくして注意してきた。でも父は、これがないと仕事にならないんだ、と言ってきかなかった。自分が調べてみた限りでは「集中力が上がる」という効果が科学的に証明されています、とハッキリ言い切ってる資料はなかった。そろそろうんざりだった。
 ところが、妹が産まれたとたん、父の態度は一変した。赤ちゃんの体に悪いからな、と、タバコをすっぱりやめ、匂いの残った服もぜんぶ処分してしまった。
 ねえ、わたしも最初は赤ちゃんだったんじゃないの?
 何が違うっていうの?


■反抗は肺まで容れず浅はかに記号を纏うだけの時代さ

 あたしは実に平均的な高校生になったと思う。テストの点はふつう、制服は崩しすぎず、顔もまあ中くらいっていうことにしておく。まわりにはいろんなタイプがいるけど、自分が「正解」なんじゃないか、と漠然と考えてた。
 そのはずなのに、あるとき授業でちょっとした問題を答えられなかったのをきっかけに、国語教師がネチネチ突っかかってきた。全部、言いがかり。もっと程度の低い子はいるのに。どうしてこんな目に遭わなきゃいけないのか。
 気付くとあたしは教室を飛び出して、やみくもに校舎を走ってた。泣いていたっけ? いや、あんなヤツに出してやる涙なんて勿体ない。
 たどり着いたのは薄暗い階段の行き止まり、重そうな鉄の扉だった。勢いでぐっと押すと、ゆっくり開く。――光。屋上だ。こんな場所があったんだ。
「ん~? 誰ェ?」
 上から声が降ってきた。見ると、高いところに女の子の顔がぴょこっと出てる。
「どしたン? なんかあった? こっち来なよ」
 この空間は平らじゃなく、2メートル半ほど出っ張った高台があって、錆びたハシゴがついていた。手招きされ、おそるおそる登る。
「あたしアケミ~。あんたは?」「……京子」
「サボリ?」「……そうね」
「……ようこそ!」
 アケミはにっと笑った。明るい茶髪。短いスカート。濃いメイク。そして、口にはタバコ。
「邪魔じゃない?」
 あたしは明るい歓迎の言葉にたじろいでた。
「んなワケないっショ。1本どお?」
 当たり前のようにタバコを差し出されてしまった。
「……それっておいしい?」「インや、ぜんぜん」
「じゃあどうして吸うの?」「え~? ナンとなく?」
 よくわからない。そして、それを手に取った自分はもっとわからない。
「まァま、おヒトツ」彼女が火をつけてくれる。

 ――激しくむせた。

「あっははは! ダ~メだよ、深く吸っちゃ! コレは飾り!」
「……先に言ってよ」
「スマン!」
 アケミは濁りのない笑顔のまま、片手でごめんなさいのポーズをした。


■限りなく優しくという名を持った細いつるぎが似合っているね

 高校生活の後半、あたしは屋上へ通うようになった。
「そんな可愛いタバコあるんだ?」
 アケミの持つ箱は鮮やかなピンク色だった。父の吸っていた地味なやつとは大違いだ。
「そーだよ、いーっショ?」
 見せてくれた表の面には『PIANISSIMO』とある。音楽用語だ。とっても弱く、という意味だったっけ。
 そう、彼女は派手さで周りを一歩引かせるかもしれないけど、凶暴なわけじゃない。真逆だ。誰のことも傷つけたりせず、誰よりも傷つきやすい。だからこの場所に棲むのだ。
「いま気付いたけど、ふつうのより細いんだね」「そーそ」
 箱の色とお揃いのマニキュアで彩られた、綺麗な爪で抜き出されるそれは、鋭いナイフみたいだった。人間を刺すためのものじゃない。この武器で戦う相手は、ままならない現実。


――第2章へ続く――

第2章はこちら→ https://note.com/ricautoly/n/n2b2a79ffc2fb

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