名古屋鉄道に揺られる(名鉄名古屋+あおなみ線)
休日の朝。
「ねぇ、ママ」
息子のにっとが呼びかける。
「名鉄乗りたいんですけど」
名鉄とは
名鉄とは、名古屋鉄道の略。
愛知県と岐阜県を中心につなぐ私鉄だ。
「名鉄かぁ。最近は乗ってなかったもんね」
吉田家は名鉄某駅から徒歩十分ちょっと、体力がついてきたにっとの足でも大人と変わらない時間で歩いて行ける。
いつもより遠くへ
休日にはほんのたまーに、気まぐれに電車旅をしていた。旅とは行っても朝の九時代に乗り込み、昼近くには帰宅できる範囲。
去年の乗り納めが十一月初旬の「東北旅からの帰宅」だったからか。青森県のてっぺんから青い森鉄道で八戸駅へ、東北新幹線に乗り換えて東京まで下り、東海道新幹線で岐阜羽島に降り立った旅の後なのだ。
もう十五分か二十分揺られるだけじゃ物足りない。乗るからには、旅と呼ぶからには……車窓からの景色をがらりと変えたい!
いざ名古屋へ
住宅街の合間に空っぽの田んぼ、白菜だ大根だが並ぶ畑、等々くぐり抜け、手をつないで最寄り駅を目指す。
四歳のにっとは運賃無料。わたしの切符を買う。足元でチョロチョロはしゃぐ乗り物おたくに切符を託す。
小さな背中を軽く押しながら、入場。ちょうど電車がやってきた。
名鉄の電車は赤色が主流だ。白、銀の車体もあるが、赤いラインが入っていたり、顔の部分は赤色だったりする。
まばらな乗客。空いた座席は簡単に見つかった。少し揺られ、笠松駅にて乗り換える。
名古屋方面の快速列車はパンパンだった。一本見送る。三分ほど待ち、再びホームへ滑り込んできた。普通列車だ。座席はなかなか埋まっていたが、どうにか二人で並んで座れた。
「これから名古屋っていう駅で降りるからね。名古屋はすごく混むから、ママの手をずっとつないでるんだよ」
「うん、わかった。あっ、クレーン車!」
向かいの窓から見える景色ににこにこしながら、にっとは足を軽く振る。
新木曽川、国府宮、名鉄一宮……と大きな駅に止まる度に、乗客は増えていく。座席は埋まり、吊革に掴まり立つ人々の多いこと。わたしたちの前にも、小、中学生くらいの子供を四人引き連れた親子が立っていた。もう窓は見えない。ふとにっとを見やる。表情は強張っていた。
「お客さん増えたね。大丈夫?」
の問いに、
「怖くない? って聞かないでね」
と。言葉に出したらそう感じてしまうから、四歳なりに堪えているのか。
「名古屋駅につくちょっと前にトンネルに入るからね。おもしろいよ」
先の楽しみをこっそり伝えておく。
そう。名鉄名古屋駅は地下に位置する。
母の言った通りのことが起こると、暗くなった車内に、密かに「わぁっ」と笑顔が灯った。
車内アナウンスに従い、左側のドアからぎゅうぎゅう降りる。と、右側のドアも開き、どかどか乗り込んできた。
乗ってきた電車にはホームを去るまで手を振る主義のにっとを、人並みから離して立ち止まる。おかんは五年ちょっと振りの名古屋だ。どこから地上に出てどこに行けばなにがあるんだっけ。思考を巡らせるうちに電車は見えなくなり、きらめく瞳がわたしを見上げた。
「さっきお知らせの人が、あおなみ線って言ってなかった?」
「へ? 乗換アナウンスのこと?」
そういえば愛読する乗り物雑誌にあおなみ線が載っていたかもしれない。目的もなく名古屋にきただけなのだ。この後の予定はない。
「あおなみ線、乗りに行く?」
百聞は一見にしかず!
あおなみ線とは?
あおなみ線とは、名古屋駅から金城ふ頭駅をつなぐ路線で、平たく言えば名古屋港まで走る。
とりあえずエレベーターに乗れば上を目指せる。行き交う人のあとをなんとなく追えば改札から出られた。
あおなみ線の乗り場はJR名古屋駅内にあったはず。駅直結のソフマップのすぐ近く。でも確かソフマップは閉店し、飲食店街「名古屋うまいもん通り」に姿を変えている。
なんにせよソフマップ跡地を目指せ! 知らない出口から地上に上がれば、JR名古屋前のロータリーに出た。ねじねじを発見し、ひとまず安堵。
うおーっ! すげーっ! ときょろきょろ忙しいお上りくんに、一声かける。
甘い寄り道させとくれ
「あおなみ線に行く前に、あんぱん買っていいかな」
名古屋にきたら絶対買う。品数豊富で毎回毎回とてもとても悩み、ミニあんぱん八個入りセットを選んでしまう。今回もしどろもどろに、いつも通りの注文となった。
いよいよあおなみ線へ
JR名古屋駅構内はほとんどわたしの知る姿のままだった。ソフマップ跡地に向かうとやっぱりあおなみ線の看板を発見。
さてどこまで乗るか。
いっそ名古屋港でも見てぼうっとしたいが、金城ふ頭駅まで行ってしまうと、名古屋港水族館やレゴランド、リニア鉄道館が近い。おちびにせがまれるのを防ぐため、一駅先のささしまライブ駅までの切符を購入。昔好きだったバンドのライブで馴染みのZepp名古屋の最寄り、だが、名古屋駅からも歩いて行けるため、わたしもあおなみ線は初めての乗車だ。
改札をくぐり、エスカレーターでホームに上ると、電車はきていた。今日は飛び乗ってばかりだ。しかもこれ、レゴのラッピング車両!
はしゃいで見渡す母を尻目に「ママ大人なんだから」と小声でたしなめる四歳。乗り物おたくなだけに乗車マナーは素晴らしい。
一駅なんてあっという間で、また熱烈にバイバイしたあと、改札の外は都会的だった。中京テレビのビルやらなんやらのビルやらなんやら大学やら、はてこんな感じだったかな。
線路もすごい。あおなみ線や名鉄、JRの他に新幹線も行き交うし、大阪まで行ける近鉄も走るのだ。どこを見ても電車電車新幹線特別列車で、おたくはすっかり興奮していた。
「次はバスに乗ろうぜ! 高速バスで東京に行こう!」
めちゃくちゃなことを言うようになってきた。
「次はまたあおなみ線に乗るよ。名古屋に帰ろう」
なにもしなくても
名古屋方面へ迎えにきてくれたあおなみ線の列車は、にっとの雑誌で見た銀色に青いラインのものだった。四角いフォルムが都会的だ。
すぐさま名古屋に戻れて、そろそろにっとをトイレに連れていきたかった……が、彼は出先では立ち便器でなくては断固拒否する。改札手前にトイレを見つけた。……感動した。さすがは名古屋、ありがとう都会。
女性トイレに子供用立ち便器が!
スーパーやショッピングモールでもあったりなかったりする中で、やや年季の入った駅内トイレ、それもこんな奥まった場所で!
ありがとうを心の底から。絶対また乗る、あおなみ線!
改札を出ると十一時半近くだった。名古屋うまいもん通りが視界に入る。通りの名前だけで空腹がうなるが、幼児を連れて気軽に食べられるだろうか。どころか、この時間なら並ぶの必須では?
すぐそこにドトールがあった。狭い店内だが、よく見ると座席がひとつ、空いているような……。
「お昼、サンドイッチでいい?」
にっとはざわめきに隠れる声量でなにか歌っていた。口が忙しいからか、首をがくがく縦に振り、返事をした。
小さなサンドイッチが六つか七つか入ったパックと、わたしはコーヒー、にっとにオレンジジュースを購入。いつもと違う旅ににっとも空腹だったようで、あっという間にパックを空にした。
帰りはJRで一宮駅まで乗り、そこで名鉄に乗り換えて自宅を目指すことに決めた。せっかくならいろんな路線に乗った方が、旅っぽい。
「楽しかったねぇ、ママ」
どこもかしこも人人人の名古屋でも、普通列車ならゆとりを持って座れる。また足をぶらつかせながら、にっとは鼻の頭に汗をかいていた。
「ちょっと名古屋は混みすぎだよ。みんななにしにきてるの?」
「遊びにきたりご飯を食べたり、お仕事の人もたくさんいるんだよ」
「へぇー。おれたちはなにしたっけ?」
なに、ってこともないけれど。
「電車に乗りにきたんだよ」
たったそれだけで。
毎日目にする田んぼだ畑だからずいぶん遠ざかり、異世界みたいなところに辿り着いた。ものすごい旅じゃないか。旅に目的なんかなくなっていいんだ。こうして二人で、楽しかったねと笑えるなら。
余談
……と書くために今回、ちょこちょこネット検索しながら知識を補完した。ら。
名古屋駅のねじねじ、いまはもう撤去されていることが判明。
いやいやいや確かに見たぞ! いつもの場所に見慣れたねじねじ! 高校卒業後は名古屋に三年間通っていたんだから、ねじねじの場所や形は見間違えんぞ!
と、いう、思い込み。かもしれない。思い込みからないはずのねじねじを見た気になっているだけじゃあ。えーでもにっとに「ほら見てねじねじ!」って言っちゃったけどなぁ。にっとはタクシーやあっちこっちで見かけるキャリーバッグ(タイヤ付き鞄と呼びいかなる乗り物か研究中)に夢中だったからなぁ。
また近いうちにねじねじがないことを確認しに行かなくては。
(びっくりして今回、2000文字に納めようとすらしなかった)
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