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たもとかご持って(有料日記見本)

表紙は「かんたん表紙メーカー」さまより
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 かわいらしいタッチの昆虫アニメも。
 三十代の母、懐かし芋虫クレイアニメも。

 怖いと泣いてすがるきみは、五月に消えた。

 新しい保育園に入園し、年少生活二ヶ月目。

 教室の前の靴箱に、虫かごが四つ並んでいるのは知っている。担任の朗らか先生が虫好きなのも、クラス通信に記されていた。

「虫さん捕まえたい!」

 乗り物命の息子は飛び跳ねて言う。
 周囲に影響を受け、新しい世界を歩んでいる。緊急車両や新幹線ではなく、虫。今までにない提案だった。

 おひさまが大活躍の夏日。
 UVカットパーカーと帽子と日焼け止めを装備して、湿る手をつなぎ公園へ歩く。
 わたしの空いた手には、たも。小さな手がかごを握る。

 ダンゴムシしか捕まえたことがないけれど、なんとかなるだろうか。それも三十年近く前に、だ。

 緊張しながら田んぼ道を進む。ちらほらとモンシロチョウが行き交う。

「ママ、捕まえて」

「田んぼの中は危ないから入りません」

「なんで危ないの?」

「足が動けなくなって、吸い込まれるよ。ママ、子供のときに、友達みんなと吸い込まれたんだ」

 五人くらいでどうしてだったか田んぼへ踏み入り、全員腰まではまり……どうやって助かったか思い出せない。

「道路は他の人も通って危ないから、虫さん捕りません」

「お水の中も溺れちゃうからブブーだよ」

 ルールを定めながら公園を目指す。

 自宅から徒歩二十分。
 この辺りで一番、草花が多く見られる公園。

 朝の九時にはまだ先客はない。

 モンシロチョウばかりがひらひらと、はらりはらりと野草と遊ぶ。

「わぁーっ! 滑り台する!」

 公園についた途端、わたしの手をすり抜け、かごを放った息子が駆け出した。

「え!? 虫さんは!?」

「ママ捕まえといてー!」

 アスレチックに一直線の足は早い。
 まとわりつく汗にうなだれながら、わたしはのろりの徒歩であとを追う。

「すごいねー! クローバー、シロツメ、カタガミ!」

 思わず息をのむ。
 いつの間に草花の名を覚えたのか。

 わたしをぐいぐい引っ張り自分の世界に巻き込む彼は、あっという間にアスレチックのてっぺんにいた。

 まぶしい日差しを受け、足元一面の緑に優しい白、ほのかな黄色、控えめな紫がちらちら風に揺れ。
 思い切り身体を遊具に預け、よろしくのあいさつをした蝶に見守られ。

 ――楽園。

 思った瞬間、頭がまっさらになった。

 きみの興味を追いかけるほど、わたしもまだ、どこへでも行ける。

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