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あの時は、ごめん。

私はいつの日からか、言霊というものをとても大切に意識するようになりました。きっと、不登校になって家にこもっていた時からAmebaブログで田宮陽子さんという方の記事を読んでいて言霊の力について考えさせられたことが大きな要因かなと思います。

言霊の他にも波動の話など、私が人と関わっていく上で大切にしたいと思う考え方を与えてくれた記事でした。

今でも、思い出した時に読みにいったりしているのですが...少し、当時の私は言霊のことで意固地になりすぎていたなと反省していることがあります。

「マイナスな言葉は言わない」を周囲に強要したがった

それは、高校二年生の時。私は難関大学を目指すための三年生と合同の大学入試コースにいて、そこで唯一同い年だった友人といつも隣で授業を受けていました。

友人は、少し勉強にモチベーションが持てないようで、いつも授業中は寝てばかり。

休み時間の間も、ずっと「眠い」「寒い」「だるい」という言葉をよく言っていました。本人も以前自分で言っていたのですが、だいぶ「かまちょ(構って欲しい)」だったようで...。

初めは、私もそうだねと返したり、エアコン暖房あげてもらう?って言ったりしていたのですが、当時なんと言っても根っからの言霊重視、運気重視だった私は、だんだん自分まで友人のマイナスなエネルギーをもらっているんじゃないかって心配になってしまいました。

「眠い」『眠いね』「だるい」『だるいね』っていう返答が一番そういう場合望んでいるものだと、わかっていました。でも私は、友人の言葉に対して「そうかな?」「そうでもないな」「.....(聞こえないふり)」でした。

ちょっとした軽い愚痴でも口に出して言いたくなかった。今考えると少しノリ悪いかなって思うけれど、この独り言にも近い友人のネガティブな言葉はスルーしてもそこまで悪いものじゃないと思っています。

私が反省しているのは、彼女の体調が悪かった時です。

「大丈夫?」と言いながら、イライラしていた

彼女は月のもののとき、お腹がすごく痛くなってしまう体質でした。

私はそこまでひどい腹痛にはならない体質だったこともあり、どれだけ痛いのかどれだけ辛いのか、同じようには分かってあげられなかった。

「大丈夫?」と表面的には言っている自分は、本音では少しイライラしていたんです。

いつも日常的に「だるい」「眠い」「寒い」を聞き続けていたことで、「寒い」「痛い」「辛い」という言葉までもが同じような類のものだと感じてしまって、「なんだかいつもいつも...私に言われてもさ...」と、彼女が辛いのに私はイライラしていたんです。

どうしていつもマイナスなことばかり言うんだろう、もっと明るくいようよ!と、内心すごくモヤモヤしていました。

最初は大丈夫?と言っていた私も、だんだんモヤモヤが積もっていき、「具合悪いなら帰った方がいいよ」と、少し突き放すようにいってしまったことも。

本当に具合が悪いなら帰って家で休んだほうがいい。本音でそう思いました。言っていることは、間違ってはいない。でも忘れちゃいけない。

正しさは優しさではない。

もっと優しくなれなかったかなぁって。彼女はAO入試を考えていて、出席率は大切になるし、じゃあ帰りますってサッと帰るのもなかなかできないことだよねと....。

辛いながらも、授業を受ける。でも誰かに辛いって言わないと耐えられないくらい辛かったのかもしれない。

痛みを自分の尺度でわかったふりするようなのは本当にひどい。特にこれは女同士でしかあまり気軽には話せないことだったのに、どうしてもっと寄り添えなかったんだろう。

言霊ばかり気にして、相手の気持ちは二の次だった

私は自分の言霊とか気分を大事にしていただけで、何も友人の気持ちを考えて言葉を選んでいなかったんじゃないか
あの頃は自分の言葉に対して、何がなんでもプラスな言葉を見聞きしていないと嫌だ、じゃないと運気が下がる!みたいに思って、人と話していた。

言霊は今でも大切に思っています。でも、周りの人にまで同じようにあって欲しいと思って、勝手にイライラ、モヤモヤすることはないようにしています。

それは価値観の押し付けでしかない。

どうしても気になるくらいネガティブすぎたり陰口を言っていたり、言葉の使い方が嫌だなと思う人とは最初から離れる

あの時は、環境を変えることは難しかったし、受験勉強ということもあって、自分自身も余裕がなかった。
友達関係で問題を作りたくないという思いからそのまま一緒にいましたが、離れられる環境なら、離れることは大切だと思いました。

自分が心の底から優しくなれる相手と一緒にいるのが、お互いにとってもいいことなんじゃないかと思います。

ポジティブな言葉だけがいいわけでもない

あまりに頻繁なのは嫌ですが、たまには愚痴だってマイナスなことだって話せるのが友達なんじゃないかと今思います。

自分の価値観を押し付けてイライラしていた自分よりも、「辛い」と誰かに言える友人の方がよっぽど人の痛みをわかってあげられる人だったと思う

今はバランスよく言葉の持つ力も相手の気持ちも大切にできていると思うから、友人に感謝です。

あの時、自分の言霊ファーストが強すぎるあまり、友人の弱音に対してムスっとしてしまった自分へ。

そして友人、あのとき、心から寄り添えてなくてごめん。大切な気づきをありがとう!

最後まで読んでくださってありがとうございました!💟

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