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映画『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』(2020)

アキ・カウリスマキ監督、ロイ・アンダーソン監督的オフ・ビートな日本映画の傑作

『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』は、独特な世界観と、現実を正確に風刺する鋭い洞察力で、近年稀にみる、日本映画に風穴を開けるインパクトを持った作品の一つだと思います。

この映画を見て、すぐ感じるのが、公式サイトにも書いてあるように、オフ・ビートな笑いとアナログ的作風から、アキ・カウリスマキ監督(フィンランド)やロイ・アンダーソン監督(スウェーデン)の作品を、連想させる作品です。

そして、池田暁(イケダアキラ)監督とは、一体、何者なのかという方に興味が自ずと向きます。

池田暁監督

『山守クリップ工場の辺り』(2013)

『うろんなところ』(2017)

 上の2作品とも、インディーズ映画で、PFFフェスティバルと東京国際映画祭でそれぞれ上映されたようですが、現在、配信・レンタルなどは、されていないようです。

 予告編でも分かるように、『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』と作風はほとんど一貫しているようで、オフ・ビートと不条理な世界観を見て取ることができます。

 『うろんなところ』は、ロッテルダム国際映画祭、バンクーバー国際映画祭のグランプリを受賞しているようですが、ぜひ配信・レンタルをお願いしたいと思います。

ちなみに『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』は、若手映画作家支援プロジェクトndjcの支援のもと製作されています。



主人公露木を演じる前原滉


 予算的に限られた中で製作であったと思われる一方で、俳優陣は、意外と豪華で、個性派俳優が揃っています。そんな中でも前原滉の演技が目を引きます。いつも、ドラマの脇役で出てくる柔和なイメージとは、一味違う一面が見られます。

  感情や言葉の抑揚を抑えた演技が、終始展開されますが、社会(世界)の間違い(違和感)に徐々に、気づいていく主人公の露木を、僅かな表情や動作で演じきっています。

また、片桐はいり、今野浩喜、中島広稀などの、アシストが、すごく効いていると思います。


あらすじ


 一本の川を挟んで「朝9時から夕方5時まで」規則正しく戦争をしている二つの町。津平町に暮らす露木は、真面目な兵隊だ。朝から川岸に出勤し、お昼は気まぐれなおばさんの定食屋。夕方になれば、物知りなおじさんの煮物を買って帰って、眠るだけ。川の向こうの太原町をよく知るひとはいない。だけど、とてもコワイらしい。ある日突然、露木が言い渡されたのは、音楽隊への人事異動?! 家で埃を被ったトランペットを引っ張り出したはいいものの、明日からどこへ出勤すればいいのやら…。そんな中、ひょんなことから出会ったのは向こう岸から聞こえる音楽だった。その音色に少しずつ心を惹かれていく一方、町では「新部隊と新兵器がやってくる」噂が広がっていて 。

公式サイトより


現代の日本社会を映し出す寓話としてのストーリー

この作品が、本当に凄いのは、一見、アナログ的世界観で、昭和前期を想起させる舞台設定ですが、描かれているのは、確実に、現代の日本社会である点です。寓話的でありながら、リアリティに満ち溢れていて、シュールな笑いにゾッとする瞬間がいくつもあるのです。

これは、先述のロイ・アンダーソン監督もそうですし、この点については、テリー・ギリアムの『未来世紀ブラジル』や『ゼロの未来』を想起させます。

この『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』の津平町の人々は、情報元が分からない、人づてに聞いた情報を鵜呑みにして、疑問を持たずに行動しています。

これは、『未来世紀ブラジル』や『ゼロの未来』と同じ、管理社会を主題に置いた作品です。

  特に、情報化社会では、情報が溢れていて、むしろ煮物屋店主の板橋(嶋田久作)のような人の意見を、ネット上で、鵜呑みにしてしまいます。そして、権力者の町長(石橋蓮司)てさえも、知らないうちに情報に支配されています。ほとんどの人々が、情報元を確認していないのです。無条件に戦争に協力した定食屋店主の城子を笑うことは出来ないのです。

 しかし、この作品にも、『未来世紀ブラジル』のタトル(ロバート・デ・ニーロ)や『ゼロの未来』のボブのような、そのことに疑問を持ち、主人公に気づかせる存在が、元泥棒で兵隊の三戸(中島広稀)です。

  町長の平一とともに、自由因子的な存在で、常に疑問を持ち、それを確認するために行動する人物です。なぜ、隣町と戦争をするのかという根拠そのものを疑う唯一の存在です。

これについても、日々の生活に追われ、日々成立する法律をよく確認している人は、そんなに多くないかと思います。

隣町の人が、自分たちと同じような町であることを知らずに、戦争を続けているのです。

露木は、三戸からの話(具体的に濡れた煎餅を食べる)音楽を通して隣町の女性と触れ合うことで、真実に気づきますが、その時には、すでに取り返しのつかない事態となっています。

まさに、今の国際社会を象徴しているかのようなラストになっています。

また、日本社会を鋭く風刺した作品になっていて、楽隊指揮者の伊達(きたろう)のいじめや、兵隊の藤間(今野浩喜)と春子(橋本マナミ)のような社会的弱者に対する対応、受付(よこえとも子)の対応など沢山の描写に納得してしまいます。

現在、Amazonプライム会員特典で視聴することが、できます。多くの人に見てもらって、池田暁監督の次回作を楽しみに待ちたいと思います。


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