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本当の孤独とは?「しがらみ」

※こちら↓のYouTubeで朗読しているオリジナル小説です。


「お前はいつもそうだよな。そうやって誰でも自分の踏み台にする」
 受け取った書類を鞄にしまおうとしていたアオイは、動きを止めた。
ざわざわとした話し声に、ゆっくりとジャズが流れる喫茶店。赤川が放った言葉を聞いた人は他にいなかった。アオイが何も言わずにいると、眉間にしわを寄せた赤川がもう一度口を開いた。
「アオイはいつもそうだ。他人を踏み台としか思ってない。俺も踏み台にされた多くの被害者の一人だ」
 アオイは書類を鞄に詰め、灰皿に置いておいたタバコを口に運んで、煙を吐いた。
「踏み台、とは違うと思うけど」
 立ち上っていく煙を目で追いながら呟いた。
「何がどう違うんだよ」
 アオイは灰皿にバージニアを置いた。火がじりじりと身体を食っていく。
「踏み台っていうのは、高いところに手を届かせるためのものでしょ?私はあなたたちがいたから高いところに行けたんじゃない。むしろあなたたちが引っ張り下ろそうとする力に逆らってあがいたのよ。踏み台にしたというより、しがらみを払ったの。もっと高みへ登るために。それだけよ」
 その名の通り、顔を赤らめた赤川の拳がわなわなと震えている。
「そうかよ!わかった。もうお前とは金輪際関わらない。じゃあな!」
 コーヒーに一度も口をつけないまま、赤川は立ち去った。
 アオイは短くなったバージニアを口に運びながら、「自分のコーヒー代くらい払っていきなさいよ」と心の中で愚痴を吐いた。タバコのひんやりとした快感で嫌な気持ちを清める。

 アオイの人生は誰かを切り捨てることの繰り返しだ。一般的にアオイのしていることは悪いことらしいと認識はしているが、自分では悪いとは思っていない。自分の道を歩くのに障害となる関係は、さっさと切り捨てるべきだ。それが家族であろうと、友達であろうと、恋人であろうと。
 誰かとの関係に執着する人間は、その関係の中にしか自分の生き方を見出せない哀れな人だとしかアオイには思えなかった。自分の人生をかけてやりたいこと、やるべきことを見つけられなかったから、誰かとの関係に慰めてもらいたくなるのだ。
 社会的に成功しているアオイに、周りは誰かとの関係性をかかげて対等になろうとする。素敵なパートナー、可愛い子ども、仲の良い友人。それらを見せびらかしながら、内心こう毒づいているのだろう。
「ほら、お前はたしかに成功者かもしれないが、こんな温かい絆を持っていないだろう?これこそが真に尊いものなんだ。はやくこのレベルまで上がって来いよ」
 さすがのアオイもそんな彼らに食ってかかったりはしない。あたりさわりなくこたえて、最後にこう言ってやればいい。
「あなたが羨ましいわ」

 誰かとの関係なんて、アオイには苦しいしがらみでしかない。最初はよくても関係が続くにつれて、彼らは必ずアオイの前に立ちはだかる。悪気がなく、むしろ悪の道に進もうとする可哀そうな人を必死に止める優しいヒーローのような顔をしてアオイを説得しようとするから厄介だ。そのまぬけ面を見ると、アオイは殴りかかろうとする自分を抑えるのに苦労する。切り捨てるくらいで済んで、むしろ感謝してほしいくらいだ。

 アオイは赤川のコーヒー代も支払って、喫茶店を後にした。真夏の苛烈な日光が降り注ぐ中、道路に出てタクシーを止める。
 行き先を告げて、背もたれに寄りかかると、すぐに赤信号で車が止まった。外は日傘を差したり、汗を拭いながら歩く人でごったがえしている。ここにいる全員が、誇るべき関係を持っているとでもいうのだろうか。
 何をそんなに恐れているの?そう思わずにはいられない。

 お前はおかしいとよく言われる。もうめんどくさくて否定するのもやめた。しかし誰かとの関係なんて曖昧なものにすがる人の方がよっぽどおかしいとアオイは思う。
 何かを成し遂げたいなら孤独は必要だ。孤独を愛せないなら、何者にもなれない。
 信号が青になり、タクシーが動き出す。人の群れはぐにゃりと形を変え、後方に消え去っていく。いとも簡単に、いともあっさりと。

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