
エゴイズムな母です
13時半過ぎまで家に戻らず、そこには「うどんスープの素」がただポツンと置かれている。
私はその味に飽き飽きしてお理、どうしてもうどんを食べたくなかった。
パンにハマっている私は昼もパンで済ませたかったのだが、色々と都合が悪くパンを食べられる状況になかった。
仕方なくこの日の昼食は次のような”屑飯”で済ませた。
小分けの小さなお菓子、熟した(とても甘いが酷い食感)のバナナ一本、珈琲一杯、コーンスープ、ソーセージ3本そして茶3杯。
食事にこだわる私にとっては”屑飯”としかいえない。
しかしこれでは母が帰宅した時にやたらと説明が面倒なものになるから、私は我が弟妹のために二人前のうどんを作ることにした。
ネギだけのうどんはそれこそ味気ないだろうからと冷蔵庫を開けてみたが肉が無い。
冷凍庫を開けると凍った何かの肉。解凍してみるとそれはバラ肉であった。
多分母は使って欲しく無いであろう。
私のその時の複雑な心情とは対照的に、豚バラをふんだんに使ったなんとも豪華な肉うどんが完成した。
そこにいくつもの買い物袋を手さげた母が帰宅。キッチンに立つ私をみて
「えぇ〜」
私はすぐさま、母が14時近くまで帰ってこなかったこと、さらにうどんスープの素がそこに置かれていたこと、私は「昼は頼んだ!」の示唆であると受け取った旨を伝えた。
“だって”から始まる母の弁解
「ピーマンがなかったんだもマルフジ言っても直売所行っても」
…
I don’t give a fuck!
この私が屑飯で昼を済ませ、おまけに我が弟妹のために豪華な肉うどんまで作ったというのに何故私が責められる。まるで理解不能だ。
母はしょっちゅう自分にいいようにものを言う。
父との喧嘩においても傍はたから見ているとそれが明らか。父はそれにいつも腹を立て喧嘩が加速する。
私は喧嘩中の父気持ちを少しばかり想像出来た。
このようなエゴイストの対処に頭を悩ませてみよう。と言っても、私は次の一点張りがベストだと考える他無い。
無視
ただ聞き流すのではなく、感情的にも、エゴイストの発言と存在に対して”無を感じる”という含蓄ある意味での無視。
無視ほど楽なことは無い。
この快感を味わうと私のように他人と会話をすることが億劫になり、会話という行為に嫌気が差してしまうので注意。
だけれども、エゴイストに関しては繰り返すが”無視”がベストであろう。
それでもなお、次のような言葉が聞こえてくる
「エゴイストに限ってこちら側の無視に厚顔無恥な態度をとってくる。」
同感。
すなわちしつこく、こちらの必死の無視に突っかかってくるのである。
その鉄面皮にひびを入れてやりたい気分だ。
しかしこちら側がムキになってしまっては元も子もない。
そもそも上で述べた意味での無視は”感情的黙殺”をも含んだ無視であるから、鉄面皮にひびを入れてやるのは徒労にに過ぎず、極論その場から立ち去れば良いのである。
これで何もかも丸く収まる。
子である私は父母の喧嘩でたびたび「どちらかが無視していればいいのに…」と思う。
私の友達に十八の年齢にもなって深夜2~3時までの夜遊びに親の説教を食らったという者がいる。とてもだるかったらしい。
そんな親の説教など無視すれば良いではないか。
もし私が親に説教などされようものなら、無視どころか私はScatman Johnの「スキャットマン」でも歌ってみようと思う。
「ピーパッパパラッポパッパパラッポピーパッパパラッポパッパパラッポ」
とにかく、今回は私からあなたへの無視なる最強の道具をプレゼントフォーユーという内容であった。
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