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「第五の壁」とポストコロナ演劇

 コロナによって劇場での上演が困難になり、いわゆるオンライン演劇の試みが数えきれないほどに試みられてきました。その多くは消極的な選択による創作にすぎなかったように思われますが、この状況を生かし独特な美的価値を獲得するに至った作品もいくつか存在しています。
 ですが、映像メディアの舞台における使用は今に始まったことではありません。近年の日本での上演ですと、たとえばアピチャッポン・ウィーラセタクンの『フィーバー・ルーム』は映像のみによって構成され、舞台上から人間が消失するところまで進んでいます。
 ハンス=ティース・レーマンの1999年の著作『ポストドラマ演劇』は、現代演劇におけるメディア表現の可能性を論じる段で次のように述べています。「演劇がインターネット上のコンタクトから構成され、ひょっとしたらそれが支配的になるのかという問いの答えは、未来のみが知りうることだろう」、と。
 メディア・テクノロジーの使用や俳優の消失、非劇場空間の使用や、観客を限定した非集会的な形態など、これまでの様々なベクトルでの前衛精神の極点としてこの潮流を捉えることも可能であるように思われるのです。

 以上のような動機から出発して、このコロナ期間中の実験的な実践を整理します。網羅的なアーカイブは最初から放棄することにし、むしろ作品を限ることで、この一連の流れが共有する大まかな方向性を描画するのに筆を割きたいと思います。これらの実践はオンライン上に限らないことから、簡単に「ポストコロナ演劇」と名づけておきますが、ここで扱う作品群は「ポストメディア演劇」と呼んでも差し支えないはずです。
 ところで、ふつう舞台と客席の間には「第四の壁」といわれる見えない壁が存在しているとされます。それが、舞台上の物語を「現実」から区別した上で観客がそれに没入するための条件なのでしたが、物語性だけでなく場の共有や集合性を重視する潮流や、さまざまな局面での現実世界のリアリティの希薄化(すなわち、フィクションとの舞台から明確に客席が隔てられる根拠の希薄化)などに伴い、この第四の壁は積極的に打ち破られるのが現代演劇の一つの傾向でありました。
 ポストコロナ演劇が抱える最大の問題点は、ディスプレイという名の新たな「第四の壁」の絶対的な厚みにあると考えます。生身の舞台ではたとえ「第四の壁」が想定されていようと、観客は席を立って舞台に上ってしまえばその壁を破ることができます。「第四の壁」の嘘を暴くためには、いびきをかいたり野次を飛ばすだけでも十分でしょう。極端な事を言えば、観客は壁越しに俳優を殺すことだってできます。舞台を維持するために身を動かさずにいるそうした責任の契機が抜け落ちたままに、絶対不可侵の透明かつ実体的な「壁」が、客席と舞台とを隔ててしまったのです。意識的にせよ無意識的にせよこの「壁」と向き合う努力から出発しなければならないポストコロナ(メディア)演劇は、同時にステイホームやソーシャル・ディスタンスによって義務化された距離と付き合うための努力でもあるはずです。わたしは、このスクリーンのことを「第五の壁」と呼ぶことを提案いたします。

 かつてないほど厚い壁が立ち、ある意味では近代以前の演劇の型が悪魔的に強化されたこのポストコロナ演劇での様々な取り組みを概括すれば以下のようになるでしょう。
 書かれたテクストの再現よりも上演それ自体を追求する現代演劇の一般的な傾向に対応して、非物理的形態でもなんらかの集合性、場の生起を目指す試みがいくつか見られました。そしてその中で舞台という枠組みにこだわった実践は、大きく言ってふたつ、オンライン上または想像力の空間上に新たに「劇場」を仮構する試み、それから孤島と化した生活環境たる各家庭それ自体を劇場化する試みに大別されます。
 こうした「第五の壁」を超えるための努力に共有された方法としては、一つには視覚でなく聴覚を重視した試み、もう一つには身体性を人間以外のモノの次元にまで拡張する試みを挙げておきます。
 また、「第四の壁」がソリッドだった、物語への没入の時代には、演劇は概して書かれたテキストの再現としてのドラマに終始していたように思われますが、この「壁」の時代への過激なまでに急速な遡行の帰結として、テクストだけで作品を構成する「演劇」が試みられるようにもなりました。
 以上のように、「第五の壁」を超えて、場の共有を図るのがポストコロナ演劇の主な特徴であると言えますが、むしろこの「壁」の超えられなさそれ自体と向き合い、その距離自体を扱う優れた試みもいくらかは見られます。

 以上の整理を踏まえて、今後、以下のトピックと作品を扱っていく予定でいます(作品は適宜追加されるでしょう)。

・場の生起 SPAC『でんわde名作劇場』 呆然 ままごと『あつまりメッセ』

・仮構される劇場 チェルフィッチュ『『未練の幽霊と怪物』の上演の幽霊』 範宙遊泳『バナナの花』 ロロ『ホームシアター』

・劇場化される生活 ウンゲツィーファ『ハウスダストピア』 スペースノットブランク『氷と冬』 ヌトミック『Our play from our home』

・サウンドスケープ スペースノットブランク『本人たち』

・身体性の拡張 シアターコクーン『プレイタイム』  チェルフィッチュ『消しゴム畑』 福井裕孝『シアター・マテリアル』

・テクストへの遡行 ゲッコーパレード『(無題)』 須藤崇規『私は劇場』 ままごと『恋と演劇について -Tからの手紙-』

・「第五の壁」 毛皮族2020Tokyo『あのコのDANCE』

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