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#3 月を行き来する世界 SPECIAL EPISODE


真っ暗な闇の中に地球が浮かんでいるー。
14日間続いた夜がもうすぐ明ける。
私は月面での夜の期間が好きだ。
神経がどこまでも研ぎ澄まされるような静寂の時間。
息子は、暗い月面から見える宇宙の暗闇が嫌いだという。まだ小さな彼は、どこまでも続く宇宙への畏怖をそう表現するしかないのかもしれない。
一方、星好きの娘は今日から月の裏側の観測施設へ天体合宿に行く。同じ高校生くらいの年代が集まるそうで、見るからにワクワクが溢れ出している。この合宿のために月面で活動するためのルナウェアを新調したり、月面基地内で過ごすための服を買い揃えたりした。最近は娘たちの世代を中心に、地球でもルナウェアや基地内ファッションがルナコーデとして流行しているらしい。
私たちは月に来てもう6年ほど経つが、地球から月に来たばかりの子も参加するそうだ。
宇宙科学や天文学を学ぶのはもちろんだが、同年代で違う価値観や考え方、文化に触れられる良い機会だと思う。ぜひ心から楽しんでほしい。

怖がりの息子を学校に連れていくついでに、冒険へ旅立つ娘を月面ローバーセンターまで、夫が送りに行ってくれたのだが、彼の方が寂しそうに見えたのが少しおかしかった。大丈夫、娘にはAIロボットのアルテミスがついているし、娘のいない2週間は長いようであっという間に過ぎるはず。

無事にみんなを見送った私は仕事を始める。
私は月の砂レゴリスを”土”に変える研究をしている。レゴリスは土ではない。地球の”土”は植物や生き物の死骸が砂に堆積し微生物が長い年月をかけてつくったものだ。なぜ地球があんなに豊かなのか、レゴリスを研究しているとよくわかる。地下農場ではレゴリス由来の土で植物を育てる実験を行っている。
夜が明けると明るさが戻るので、探査ロボとともにティコ・クレーターまで月面ローバーでレゴリスを採取しに行く。遠くまで行くので久しぶりに重めの装備を身に着けることになる。念の為、朝の健康診断の結果を待ってから出発する。

その前に、地下農場へ。
レゴリス土壌に裸足で足を突っ込む。目を閉じて、栄養豊富な地球の土の柔らかい温かさを思い出す。とても近いがまだ何かが足りない。あと一歩、そうあと一歩だ。


38万km離れた月が第二の故郷となる人々の暮らし

NASAが中心となり、2025年以降に月面に人類を送り込み、月基地の建設などを計画している月面探査プログラム「アルテミス計画」が成功し、数十年から100年後に人が月に暮らせるように開発されたら、どんな生活をしているか、想像を膨らませてみました。

月面基地の建設は月の南極周辺地域が候補地として挙げられています。月にもそれぞれ地形の特徴と地名があります。特に南極には太陽系最大級の広大なクレーターによるエイトケン盆地があり、その中に小さなクレーターが数多く存在します。複数の小さなクレーターには永遠に日の当たらない場所があり、そこには氷があるのではないかと調査が進められています。
将来的に月面基地や月面都市の貴重な水資源になる可能性があります。地形だけでなく様々な理由から、月面プロジェクトは南極付近の開発から開始されるというのが有力です。遠い未来、月面基地開発が進めば、南極付近は月を訪れる人たちが最初に足を踏み入れる港町のような賑わいになることが考えられます。ここを拠点として様々な月面の旅に出る、ハブのような役割になると考えます。

月の自転軸は傾きがなくほぼ垂直で、自転周期が約27.32日のため、約14日間ずつ太陽の日が当たる昼の期間と、真っ暗な夜の期間が交互に続きます。地球の”1日”という概念そのものが存在しないため、月独自の時刻設定が必要です。月における標準時というタイムゾーンが設けられるようになるでしょう。
月が地球を回る公転周期と自転周期は同じなので、いつも同じ面を地球に向けています。「地球見」ができるのは地球に向いている表側だけです。そのため、観光地としては表の方が人気になるでしょう。裏側は知る人ぞ知る月面通の人が訪れる場所になるかもしれません。例えば、夜の期間は絶好の星見期間になります。大気もなく、周りに一切灯りがないため、はっきり明確に宇宙の姿を見ることができます。観測施設に週間滞在して、星の物語を書くなどという贅沢な事もできるかもしれません。

多くの人が月で暮らすようになる月面都市が建設されるためには、エネルギーと物資問題をクリアしなければなりません。完全なる循環型社会が実現されることが必須になるでしょう。地球からの物資輸送は限界があるため、月の中で自給自足できるアイデアが重宝されます。月に水(氷を含む)があれば、水を電気分解して酸素・水素を、そして電気を供給できるでしょう。都市内の建物や道路は基本的に月の砂を使って3Dプリンターにより建設されます。
大気がないため宇宙放射線が降り注ぎ、昼夜の寒暖差が200℃もある月の環境を考えると、地上に出ている部分だけでなく、地下の空洞に建設された大規模な地下施設が必要です。地下には月面の人間を支えるための水耕栽培農場やタンパク源供給のための培養肉工場などのエリア、病院や学校などの生活エリアがあります。循環型で酸素を供給するために、地下施設には実験も兼ねて独自の生態系の森が形成されているかもしれません。
エピソード本文にもありますが、月面で活動するための保護服の役割を担うルナウェアについても機能を保ちながら様々なデザインが施されると考えられます。基地内も重力は地球の1/6と小さいですが、地上階と地下フロアともに快適に過ごせるようになっていると考えられます。適温に保たれているので季節という概念はありませんが、約2週間ずつ続く昼と夜の期間に関する服の違いがあるかもしれません。

また、人類が月で暮らすためになくてはならない存在となるのが、ロボット、AI、月面ローバーなどです。過酷な環境の中で、彼らの役割は大きくなります。月面を走り回り、資源採取や建設にメンテナンス、医療支援、農業、輸送など、人類の強力な相棒として活躍する姿が浮かびます。

このような世界において、服の機能的な役割と価値観変化を反映するファッション的な側面を考えてみます。環境条件から考えると、建物内にいる時と大気のない外の活動での服・装備は用途が全く異なります。月の重力は地球の約6分の1なので、非常に体が軽く感じるでしょう。軽さを活かした服なのか、逆に歩行のバランスを保つためにわざと重くする服なのか、と考えてみるのも面白いです。
月に季節はありませんが14日間も続く昼と夜があるので、明るい中でも眠くなるような緩い服や真っ暗な空間を楽しむための服なども、月ならではの環境を楽しむためには必要かもしれません。
文化的側面から考えると、そこに住む人たちは、満点の星空や地球を間近にみることで、宇宙スケールで物事を考えるよう影響を受けることが考えられます。月面基地や月面開発は平和利用で行うという宣言がなされているので、余計に「地球人」や「月の人」といった国境を意識しない考え方になるでしょう。
月面はレゴリスという砂に覆われているので、どこまでも灰色の世界と真っ暗な宇宙が広がっています。施設の外側は灰色で、中はとてもカラフルに装飾されているかもしれません。そういったカラーギャップについても、何かしらファッションに影響を与えるのではないかと考えます。

(文・宮川麻衣子/未来予報株式会社)


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