ライトノベル第一章二話【初めてのバンド】

 俺がはじめてバンドを組んだ時、俺を含めバンド経験がほぼなく、手探り状態だった。だからこそ、結束力も強く、お互いなんでも打ち明け話し合い、その積み重ねがライブに反映されると、バカみたいに喜んだものだった。四六時中メンバーと電話したり一緒に出かけたり、打ち上げは夜の公園、コンビニで安い缶チューハイかなんかを買って乾杯して、ひと口飲んだだけでライブの余韻もあり簡単に酔いが回ったものだった。
 あれは何度目のライブだっただろうか。少しずつファンが増え、大きいライブハウスのイベントも誘われるようになる。そして、その後の打ち合わせにて、一番親しかったギターが
「大々的にリリースの発表をして、もっとバンドに力を入れられる環境を作らないか?」
と言った。その意見に俺は胸が高鳴った。
 いよいよその時が来たか・・・と。
 俺たちのバンドをもっと知ってもらいたい。そのためには俺たちの音楽性をしっかり強調し、売り込むセールスポイントも決める必要がある。アマチュアバンドは趣味の範囲でやっているだけだろうって目で見る奴らに、本気を見せつけてやりたい。
「いいんじゃないか、それ。曲によって各メンバーの見せ場を入れてもいいし、いっそのこと全員作曲してもいいかもな。」
 ギターの意見に他のメンバーがこう言った。
「気が早いだろ、それは。リリースする曲の候補は絞って、既存の曲をもっとアレンジすることも必要じゃないか?」
 などと意見を出し合い賑わっていた。
 そしてその日を機にライブ活動を一旦休止し、新たな船出の準備をする期間に入った。
 だが、このきっかけが俺たちの関係性、そしてメジャーを目指すという思いが徐々に分裂していく。
 バンドが生活の中心となり、自由を奪われ、今までのように楽しみながらやりたいと言い出した者、自分が楽して目立ちたいがためにバンドで決めた分担をやらなくなったメンバーもいて、解散かメンバー入れ替えかの二択で話し合いが行われた。
「すみません。俺は抜けます・・・。」
 当時のドラムを担当していたメンバーが、決断を口にした。彼は当時組んでいたバンドの中で一番人懐っこく、彼がいたからバンド全体が早く馴染めたところがあった。
「この中で誰か一人でも抜けてしまったら、それはもう違うバンドだ。」
 俺はどうしても当時のメンバーでバンドを続けたかった。それほど当時のメンバーと過ごす時間が自分の中で大きなものとなっていた。だから俺は結論を出すのは待ってほしいと頼み込んだ。
 だが・・・。
「本当にすみません、詩音さん。バンドが大きくなろうとすればするほど、自分の時間がなくなってしまって。最初は俺もメジャーを目指していたんですが、実際バンドに全てを注ごうとしたら違うなって。音楽が楽しくないと思う時間も増えましたし。だからと言ってみんなが嫌いになった訳でもありません。このバンドはすごく思い入れがありますし、みんなも大切です。そのことに偽りはありません・・・。」
「だったら・・・!」
「でもバンドと他の多くのことを天秤にかけた時、躊躇いがありました。このままの中途半端な気持ちでバンドを続けるのはみんなに失礼です・・・。」
 音楽に熱中している時の彼は普段のふわっとした感じはなく、メンバーと対等に議論できるくらい頼もしいが、根はすごく優しいことを知っていた。その優しさゆえに一人悩み、限界を迎えるところまできていたのだ。それに対し、俺は相談をしてくれなかったことに、俺たちは結局他人でしかなかったのか、と悔しさが広がっていくのと、このバンドが今にも崩れそうな感覚が芽生えた。
「辞めることに後悔はないのか?」
「話したら一気に肩の荷が下りました。やっぱり俺にとっては日常ありきの音楽なんですよ。楽しいからやる。それ以上でもそれ以下でもないですね。それじゃあ。」
 彼は一度も振り返ることなく、俺たちの前から去っていった。
 活動再開を宣言する発表ではもっと音楽性を前面に出した新曲をやろう・・・その志半ばの出来事だった。
 彼が去った後ベースは気にも止めず
「メンバーが脱退したなら新しいメンバーを探せばいいだろ。代わりは他にいる。」
 と言った。その言葉に俺はカッとなって返した。
「ふざけるな!あいつの代わりはいない!あいつがいたから今の俺たちがある、そうだろ。」
「詩音の気持ちもわかるけどさ。代わりがいないなんて言ったらバンドなんてやっていけない。バンドを続けるなら早々にメンバー探さないとな。一時的でいいっていうならサポートメンバーでもいい。」
 早々に・・・そう、俺たちはあと発表するだけ、というところまで来ていた。
 その後、一旦はサポートを探すという方向で話し合いの翌日から関係者を中心にサポートドラムがいないか当たり続けた。
 だが、ドラム人口が少ないのもあり、サポートドラムは見つからずに二週間が経過した。この二週間は活動していないバンドにとってはとても長く、辛い時間であった。
 そして遂に親しかったギターからも電話で脱退の話を告げられた。
「この二週間、ずっとこれからどうなるんだろうって考えて、考えれば考えるほど他のメンバーを入れたらこのバンドは違うバンドになってしまうと思ったんだ。だから俺はもう辞めようと思う。」
 薄々感じてはいた。電話をしても声に元気がなく、会っても表情にいつもの明るさがない。だが、俺にはかけてやる言葉がなかった。俺も同じ気持ちだったからだ。だけど残ったメンバーでメジャーになることを諦めたくない気持ちだけでサポートドラム探しに徹していた。
「そうか・・・。俺はお前と過ごした時間が誰よりも長いし、気持ちは分かるから止められないな・・・。今までありがとう。」
 そう伝えて電話を切った。
 俺の中で完全に当時のバンドが崩れ去った瞬間であった。
 翌日、ギターから脱退の話を聞いたベースは苛立ちながら早く代わり探すぞ、と言ってきたが、誰よりも親しかったギターが辞めてしまったこともあり、普段から難癖のあったベースに対してあっさりと解散をしようと告げた。
 その後、代わりの利かない存在は時に自分の夢をも阻むことになると感じ、人に対して深く入り込もうとしないようになった。家族のような関係になったとしても、所詮、他人は他人。突然壊されてしまうから。俺はそれが怖かった。
 この時、そう遠くない未来で俺自身がライブの度にサポートメンバーを募る一人だけのバンドを結成するなんて思ってもいなかった。なぜなら、バンドというものはそれぞれがお互いを尊重し作り上げるか、圧倒的な権力を持ったメンバーの独裁で作り上げていく以外にやっていく方法はないと信じて疑わなかったから。またバンド形態には決まりはなく多様性があることを知らなかったからだ。

 それから何度バンドの話が来ただろうか。幾度となくバンドの話が来ては人の気持ちに寄り添わず、淡々と自分の意見を言い、上手くいかず今に至る。
 やはり、あの恐怖と常に隣り合わせでやるしかないのか・・・。
 去っていくメンバーの理由は様々だが、根底にあるのは出会った時と同じ気持ち、モチベーションではなくなっていくということだ。好きな音楽を続けているのに、なぜ気持ちに変化がでてしまうのかが俺にはわからない。メジャーになるのは険しい道のりなのは当然だろう。俺だってすぐスカウトがくるとは思っていない。だから足掻く、だから努力する。同世代の者たちが地に足付いた職に就き、真っ当な社会人として生きていることが正しい道だと諭されたとしても、いずれメジャーになり追いつき追い越すのだ。生活のために好きでもない仕事をするくらいなら、好きなことを仕事に持つための努力をするべきである。
 だが、その努力の矛先が違ってくる。見映えから入ろうとすることは否定しない。
 しかし、それでは一時的なものでしかないし、ましてやまだ先の話だ。流行りすたりに翻弄され、そして本来の音楽を見失うのではないか?
 ああ、そうか。どっちが正しいとかではない。
 俺は怖いのかもしれない。信じたメンバーが去っていったら、そのあとの俺には何も残らないことが。築き上げた信頼関係が崩れるのが。
 だったら俺が主導権を握るか?
 いや、それならバンド形態である意味がない。ソロでやった方が早い。バンドでなくてはならない、バンドでメジャーになりたい、俺の目指す音楽性はバンドで開花していく。
「参ったな・・・。」
 俺は独り呟いた。
 強気に主張すればきっとライブを前に今のバンドは崩壊するだろう。たとえ今、彼らのいう見た目重視論を渋々受け入れたとしても、またいつか目線が違ってくる。そう遠くない日に爆発するだろう。
 そんなことを思い返し、そして考えながら新宿にあるスタジオが視界に入ってきた。マイナーバンド御用達のスタジオ。なにかと便宜をはかってくれ、悩みなどには親身になってくれ、実はバンド初心者ならこのスタジオからはじめるのがいいという噂もある場所だ。

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